分かりきった改革がなぜ進まない?
日本の漁業は衰退の一途を辿っている。日本の漁業従事者は、ピーク時の100万人が、現在は20万人を割りこみ、さらに減少を続けている。平均年齢は60歳を超えた。漁村の限界集落化が進んでいる。日本の漁業は、縮小再生産どころか、消滅しかねない状況である。
漁業従事者の高齢化は、ここ数年間に始まったことではない。何十年も新規加入が途絶えた状況を放置してきた結果である。日本の漁業はすでに産業として成り立っておらず、一般の企業だったら、とっくに倒産している状態を補助金で維持している。漁業者の平均所得は、200万円程度。年金の足しにはなるが、これから家庭を持つ若者が、夢を持って参入できる環境ではない。「仕事がきつい。収入は悪い。そんな漁業には、いくら息子といえども、入ってこないのは当然です」と、年配漁業者は肩を落とす。
漁業の存続には、漁業収入の改善が急務である。中長期的に安定した収入が期待できれば、後継者は必ず戻ってくる。北海道のホタテの養殖や、駿河湾の桜エビ漁業のように、安定して高い利益をあげている地域では、地元の若者が漁業を継いで、豊かな生活を送っている。後継者が順番待ちをしている浜もある。地域経済を支えられるような、自立した水産業を日本でも育てなければならない。
日本では、「人件費の高い先進国では、一次産業は衰退するので補助金で支えないといけない」と広く信じられているが、そんなことはない。ノルウェー、ニュージーランド、アイスランド、米国、豪州など、多くの先進国で、漁業が持続的に成長している。これらの国では、漁業への補助金は、ほとんどない。世界的に見れば、むしろ、途上国よりも先進国の方が、漁業の収益性が高い。先進国なのに、漁業が衰退している日本の方が例外なのだ。
先進漁業国は、次の2点を徹底している。
(1)漁獲規制で魚を十分に獲り残す
(2)獲れた魚を高く売る
魚や貝などの生物資源は、子を産んで再生産するので、十分な親魚を残しておけば、半永久的に利用できる。現在の人間の漁獲能力は、自然の再生産能力を遥かに上回っているので、漁獲規制をしなければ、あっという間に獲り尽くしてしまう。長期的な漁業経営の観点からは、魚を多く獲ることよりも、しっかりと残すことが重要なのだ。漁獲量を増やさずに漁業の収入を増やすには、魚の価格を上げるしかない。当たり前の話なのだが、この2点ができている国の漁業は成長しているし、そうでない国の漁業は衰退している。
ここまで異なる日本と欧州の漁業
サバ漁業を例に、日本の漁業が衰退する理由を考えてみよう。下図に、日本で最も重要な水産資源の一つであるマサバ太平洋系群の親魚資源量を示した。この資源は産卵場も回遊ルートも日本の排他的経済水域(EEZ)で完結しており、中国・韓国などの外国船は漁獲できない。日本が排他的に利用できる資源である。
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年齢別漁獲尾数推移のグラフをみると、1980年代からの乱獲で、資源の大部分を獲り尽くしてしまったことがわかる。普通の先進漁業国なら、禁漁にして資源の回復を待つところだが、日本は全く逆の方向に舵を切った。「親がいなければ、子どもを獲ればよい」という発想により、漁具メーカーと漁業者が共同で、稚魚を効率的に獲るための漁具を開発し、90年代にはすっかり未成魚中心の漁獲に切り替わった。
欧州のサバ資源は、十分な親が残るように漁獲規制されており、資源量が安定的に推移している。十分な親を獲り残した上で、自然増加した分だけを漁獲している。銀行預金でたとえると、元本には手をつけず、利子だけで安定して生活をしている状態だ。
日本と欧州では、獲っている魚の年齢(サイズ)が全く違う。日本も70年代までは、欧州と同じような大型のサバが安定的に水揚げされていたのだが、90年代以降は、0歳、1歳といった未成魚が漁獲の中心を占めている。日本のサバが卵を産むのは2歳からだが、そこまで残る魚はごく一部である。サバの未成魚は、ローソクサバと呼ばれている。やせ細っており、食べるところがほとんど無い。日本人は、サバの未成魚を食べないので、一般消費者の目に触れずに、養殖のえさになるか、捨て値で途上国に輸出されるかのどちらかである。一方、欧州は十分な親を獲り残し、価値がある大型個体を中心に安定した漁獲を行っている。どちらが安定的に利益を出せる漁業かは、一目瞭然である。
日本でも、大きくしてからサバを漁獲したら、どうなるだろうか。0歳のサバ(100グラム)を10尾漁獲しても、約60円の売り上げにしかならない。3年待って、500グラムの鮮魚サイズにしてから獲ると、自然死亡で3尾に減るが、1尾80円に価値が増える。3年間、海に泳がせておくだけで、漁獲重量は1.5倍、漁獲金額は4倍に増えるのである
日本漁業の生産性は大幅に改善する余地がある。3歳で漁獲された魚は、すでに1回は卵を産んでいるので、資源の再生産にも寄与するのだ。
日本もノルウェーのような持続的に利益が出る漁業に転換すべきである。そのために必要なのは、国の漁業政策の転換だ。
日本の漁業衰退は政策の失敗が原因
サバなど多くの水産資源は、複数の都道府県の沿岸を回遊する。巻き網や、定置網など、多種多様な漁業が利用している。これらの漁業者が、顔を合わせる機会はない。漁業者が自主的に管理をするのは不可能である。意識の高い漁業者が、稚魚を獲るのを止めたとしても、他の漁業者が獲ってしまえば同じことだ。
乱獲が放置されている日本では、魚が大きくなるまで残らない。「価値が出るまで待ってから獲る」という選択肢は日本の漁業者にはないのである。資源が減少していく中で、日本の漁業者にできる唯一の生き残り策は、ライバルより前に自分が獲ることである。日本の漁業者は、乱獲によって、自らの生活を破壊しているのだが、その根本原因は、公的機関がやるべき規制をしないからだ。
漁業先進国の政策を参考に、国が何をすべきかを整理してみよう。
1)漁獲枠の設定を改善する
日本政府は、97年から、サバを含む7魚種に漁獲枠を設定しているが、資源の減少に歯止めがかからない。漁業者ががんばっても、獲り切れないような過剰な漁獲枠を設定しているからである。サバの場合も、未成魚中心の漁獲でも、毎年のように漁獲枠のかなりの割合が消化されずに残っている。過去には、マイワシの漁獲枠が、海にいる魚より多かったことさえある。これでは、資源保護効果は期待できない。
適切な漁獲枠設定をしている欧州では、漁業者が漁獲枠一杯まで魚を獲っても、きちんと親魚が残っている。一方、日本のサバ漁業者は、漁獲量が漁獲枠に届かず、毎年、漁獲枠の3割程度を余らせているにもかかわらず、親が残らない。日本では、適切な漁獲枠設定ができないのだから、欧州の研究者を招聘して、彼らのやり方で、漁獲枠を設定すべきだろう。
(2)漁獲枠の個別配分
日本の漁獲枠は、全体の総漁獲量を決めているだけであり、誰が漁獲枠を使うかは早い者勝ちである。漁獲枠を適正水準まで下げたなら、漁獲枠を巡る漁業者間の熾烈な競争を引き起こすのは目に見えている。
早い者勝ちの漁獲枠設定をしているのは、日本ぐらいである。他の主要漁業国は、漁獲枠をあらかじめ個々の漁業者に配分しておく方式(個別漁獲枠制度、IQ方式)に移行している(表参照)。漁獲枠を個人に配分しておけば、早獲り競争は起こらない。ノルウェーの漁業者は、漁獲枠の上限が決められる代わりに、相場を見ながら、大型の価値のある魚を狙って獲ることができる。だから、ノルウェーサバの品質は安定しているし、値段が安くならない。漁業の生産性を高めるには、個別漁獲枠制度の導入が不可欠だからである。お隣の韓国も、99年に個別漁獲枠制度を導入し、それ以降、沿岸漁業の漁獲量がV字回復している。
個別漁獲枠制度を導入すると、漁業のコストが大幅に削減することが知られている。アラスカのカニ漁業は、05年に個別漁獲枠制度を導入してから、燃油消費量が半減している。筆者が現地の漁業者から話を聞いたところ、早獲り競争の時代は、ライバルよりも早く漁場に着くために、常に全速力で走っていたが、現在は一番燃費が良い速度で走っているということである。
燃油代が上がるたびに、日本の漁業者はデモを行い、公的資金による補填を勝ち取ってきた。今年も、重油価格が80円/リットルを超えた場合は超過分の50%、95円/リットルを超えた場合は超過分の75%が、税金で補填される。
日本のイカ釣り漁業は、強力な集魚灯をつかうので、燃油高騰の影響を受けやすい。イカを釣るだけなら、それほど多くの光量は必要がない。昔は、ローソクや50hの裸電球で、イカを釣っていた。現在の過剰な光量は、漁業者間のイカの争奪戦の結果である。誰かが抜け駆けして光量を増やすと、イカがそっちに集まってしまうので、他の漁業者も追従せざるを得ないのだ。
個別漁獲枠制度を導入すれば、光量を増やしても、自分が水揚げできるイカは増えない。漁業者は、経費削減のため、必要最低限の光量まで落とすはずである。現在の2〜4割の光量が適正水準であると言われており、大幅な経営改善が期待できる。
07年に燃油価格が高騰した当時、豪州の漁業管理当局のトップから、漁業政策について話を聞く機会を得た。豪州では、個別漁獲枠制度を規模の大きな漁業から導入している最中であった。燃油補填の要求がでてきたのは、個別漁獲枠制度を導入していない一部の漁業のみであった。豪州政府は、公的資金による燃油代の補填はせずに、個別漁獲枠制度を前倒しで導入して、燃油高騰を乗り切る方針を打ち出した。
漁業者間の競争を放置したまま、補助金によるその場しのぎをした日本では、燃油の価格が上がるたびに、補助金の要求が繰り返されている。日本政府も、補助金による安易な問題先送りを繰り返すのではなく、豪州政府の問題解決型の姿勢を見習ってほしい。
日本が資源管理をしなかった理由
麻生政権時代に、規制改革会議によって、個別漁獲枠制度の導入が議論されたことがあった。それに対する水産庁の回答は、次のようなものであった。
(1)日本では、漁業者による自主的なきめ細かい操業規制が行われており、公的機関が規制を導入して、漁獲競争を緩和する必要がない
(2)管理コストがかかるので難しい
(詳細は「
http://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_yuusiki/pdf/siryo_20.pdf」参照)
つまり、「現状でも問題がないし、お金もかかるから、やりたくない」ということだ。
日本全国、どこの浜に行っても、魚が獲れなくなった話ばかりである。水産庁が漁業者に実施したアンケートでも、「資源が減少している」と答えた漁業者が9割であった。サバに限らず、クロマグロや多くの魚種が、適正サイズになる前に大半が漁獲されている。非生産的な稚魚の奪い合いを、何十年も放置しておいて、「競争を緩和する必要がない」と開き直るのは、あまりにも無責任である。
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グラフは、主に先進国によって構成されるOECD(経済協力開発機構)の漁業補助金の金額を比較したものである。日本は、2位の米国、3位のEU全体を大きく引き離して、ダントツで1位である。これだけ多くの公的資金が投じられているのに、他国がやっていることが、なぜできないのだろうか。日本の場合は、予算が足りないのではなく、使い方に問題があるのだろう。
こうした漁業問題の詳細は、『漁業という日本の問題』(NTT出版)にまとめてあるので、興味のある方はご参照いただきたい
日本漁業に未来はあるか
日本の漁業は瀕死の状態ではあるが、解決策はある。日本漁業が苦しんでいる問題は、世界的にはとっくに解決済みなのだ。病名は明らかであり、個別漁獲枠制度という治療法も確立されている。国がやるべき漁獲規制をすれば、日本の漁業は必ず復活する。逆に、乱獲を放置したまま、補助金による問題先送りを続ければ、漁業の衰退はどこまでも続くだろう。
福島県の沿岸では原発事故以降、漁業が停止している。最近になって、試験操業を再開した。被災前は、何時間も網を引いても、それほど多くの魚が獲れなかったのが、現在はたったの15分で、網が破れそうになるほど魚が入る。適切な漁獲規制をすれば、日本の沿岸の魚は必ず戻ってくる。
世界有数の国内市場があるのも日本の強みである。ノルウェーにはもともとサバを食べる文化がない。サバ加工のノウハウがなく、人件費が高いため、国内で加工による付加価値付けをするのは難しい。大型のサバを良い状態で漁獲して、すばやく冷凍するところまでが、ノルウェーの限界だ。日本は多種多様なサバ食文化があり、加工によって付加価値をつけることができる。
漁業政策しだいでは、再び世界に冠たる水産王国となる可能性を持つ。その変化の鍵は国民が握っている。ノルウェーでも、ニュージーランドでも、資源管理を導入する際に、漁業者は猛反対をした。しかし、国民世論が乱獲を許さなかったので、資源管理を導入できたのである。資源管理によって漁業が儲かるようになると、5年もしないうちに漁業者のほとんどが漁獲規制を支持するようになった。
乱獲に反対する国民世論が高まれば、日本の水産行政も、変わらざるを得ないだろう。資源管理の導入は、短期的に見れば痛みを伴うかもしれないが、長期的に見れば、漁業が持続的に発展するための唯一の方法なのだ。
安倍内閣は、「攻めの農林水産業」という方針を打ち出している。従来のバラマキ行政をつづけるのか、それとも未来につながる漁獲制度改革を行うのか、今後の動きに注目したい。