2014年01月28日

「原発に触れないで」放送局が要請 ピーター・バラカン氏の衝撃の生告白がネットで反響

「原発に触れないで」放送局が要請 ピーター・バラカン氏の衝撃の生告白がネットで反響
http://www.j-cast.com/2014/01/21194663.html?p=all
2014/1/21 18:06 J-CASTニュース


フリーの「ブロードキャスター」として活躍するピーター・バラカン氏(62)が2014年1月20日放送のラジオ番組内で、都知事選終了まで原発の話題に触れないよう複数の放送局から告げられたと打ち明けた。

発言内容は何人ものリスナーがリアルタイムでツイートしたことによりインターネット上でも拡散し、現在も多くの反響を呼んでいる。

■リスナーが拡散「こうやって操作されるんだな。怖い」

23日に告示される今回の東京都知事選は「脱原発」が大きな争点の一つになるとされている。そうした中、ピーター氏がDJを担当するFMラジオ番組「Barakan Morning」(InterFM)内で、「まだ告示もされていないのに、東京都知事選が終わるまでは原発に触れないよう、他の2つの放送局で言われました」と「暴露」した。番組内では局名を明かすことはなかったものの、ピーター氏は「InterFM」以外にも、NHK−FM(「ウィークエンド サンシャイン」)、TOKYO FM(「Tokyo Midtown presents The Life MUSEUM」)でレギュラー番組を持つ。そして「お達し」の理由についてはリスナーの想像に委ねた。

大胆とも思える発言は、すぐに番組リスナーによってツイッター上で広められた。原発の話題ごと封じるのはメディアによる自主規制や圧力だとして「ラジオでさえ、こうか。。」「世論って、こうやって操作されるんだな。怖い」「日本はどうなっているのかしら。。」といった批判の声が上がる。同時に「公表くださったピーターさんとinterfmの英断に敬意を表します」「わたしが富豪だったらスポンサーになるのに…!しかし、執行役員は無敵だな(編注:ピーター氏は12年9月にInterFMの執行役員に就任)」と、ピーターさんを賞賛する声もいくつも投稿された。


替え歌詩: 忌野清志郎

何言ってんだー、ふざけんじゃねー
核などいらねー
何言ってんだー、よせよ
だませやしねぇ
何言ってんだー、やめときな
いくら理屈をこねても
ほんの少し考えりゃ俺にもわかるさ

放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ
何言ってんだー、税金(かね)かえせ
目を覚ましな
たくみな言葉で一般庶民を
だまそうとしても
ほんの少しバレてる、その黒い腹

何やってんだー、偉そうに
世界の真ん中で
Oh my darling, I love you
長生きしてえな

Love me tender, love me true
Never let me go
Oh my darling, I love you
だまされちゃいけねぇ

何やってんだー、偉そうに
世界の真ん中で
Oh my darling, I love you
長生きしてえな


福島県民・・・ガミラス星人
宮城県民・・・ゴジラ
茨城県民・・・ピカチュウ〜


福島県立医科大学を受診したら「今、多指症の子どもの手術がいっぱいで、100人近い順番待ちなんです」” https://www.facebook.com/kanako.nishikata.5/posts/227766777382065


魚は泳ぐんだよ(笑)君達、関東人の皆様の胃袋の中には確実に福島県沖の魚が沢山入ってるよ もちろん微量だけど汚染水もね


放射能なんてラドン温泉と思えば気にならない


23歳男性の「鼻血」って…。23年間鼻血など出したことがなかった彼。生まれて初めて出した鼻血。トイレに駆け込み20分ほどで止まったとのこと。そう話す彼は、不安げな顔で僕を見つめていた。(-_-)


白血病になったのは、知り合いやその家族、で3人。関東と、甲信越と、九州にひとりずつ。こんなこと、今まで自分の人生のなかで、ありませんでした。食品に気を付け続けないと。
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【アベノミクス】富士山入山料1000円正式決定

【アベノミクス】富士山入山料1000円正式決定

 山梨、静岡両県は二十二日、「富士山世界文化遺産協議会」を静岡県富士宮市で開き、今夏から任意で集める富士山の入山料を千円と決めた。徴収コストを抑えるためインターネットやコンビニでの支払いも目指す。

 入山料の名称は「富士山保全協力金」。徴収期間は夏の登山シーズン(山梨側が七月一日〜九月十四日、静岡側が七月十日〜九月十日)で、五合目から山頂を目指す登山者を対象に二十四時間徴収する。子どもは協力できる範囲の金額とし、千円を超える支払いも受け付ける。

 両県は将来的には条例制定や強制徴収も視野に入れ、必要に応じて徴収制度を見直していく。

 集めた入山料は両県が管理し、トイレや救護所の整備などの財源とする。具体的な事業内容は事業選定委員会が毎年度審議する。

 入山料は昨年六月の世界文化遺産登録を受け、富士山の環境保全や安全対策の費用に充てる財源とするため、両県が検討を進めてきた。昨年の夏山シーズン中に十日間、千円を試験徴収し、約三千四百万円を集めた。

 協議会終了後、静岡県の川勝平太知事は記者団に「これからは、富士山が信仰や芸術の対象という意識を高めていくことが大事だ」と語った。山梨県の横内正明知事は「入山料は大きな課題だったので、決定できてうれしい」と話した。


【アベノミクス】はなまるうどん「かけ小」130円への値上げ
 昨年11月、はなまるうどんは「かけ(うどん)小」の価格を105円から130円に値上げしました。原材料の高騰、円安による輸入価格上昇が重なり、ついに価格維持が困難になったのです。「一杯105円」は創業期から続く我が社の看板商品。

 そのため「麺を短くして価格を維持してはどうか」など、社内で侃々諤々の議論がありました。しかし結局、経営理念に立ち返って、お客様に「原料が上がっているので値上げします」と正直に伝えることにしました。
posted by РМН at 19:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本は「韓国併合に関する条約」に基づいて大韓帝国を併合しました

日本は「韓国併合に関する条約」に基づいて大韓帝国を併合しました。
明治43(1910)年8月29日のことです。


明治44(1911)年の韓国の年間総予算は3,565万円でした。
韓国内からの税収は1,330万円です。たった三分の一しかありません。
足らない分は、全額日本から補充しました。


当時の朝鮮半島は、文明は遅れ、人口のほんの一握りの貴族(両班)が、庶民(白丁)をまるで人間扱いしないで搾取していた国です。


国は貧しく、人々に教育もなく、山々は禿げ山、民家や街中にはトイレさえなく、首都ソウルでさえ堪え難い臭気が町をおおい


あまりの極貧国であるがゆえ、欧米列強による植民地としての対象にすらなっていませんでした。


有色人種国家は、欧米列強の前にひれ伏し、植民地支配を受けるしかないという世界の常識の中で、
唯一日本は有色人種国家でありながら、名実ともに世界の一等国仲間入りを果たしていました


明治42(1909)年10月には、あくまで日韓併合に「反対」する伊藤博文を暗殺しました


韓国が、国をあげて、「日本の総理を暗殺してまで」、日本との併合を望んでいた、ということです


伊藤博文暗殺の一ヶ月後、喪が明けるのを見計らって、韓国国内に当時あった最大与党の一進会が、
「韓日合邦を要求する声明書」を出しています。
この声明は、「日本と韓国が対等な立場で合併することで、新たにひとつの大帝国を作るべきである」という内容です。


しかしこの声明は、世界の嘲笑をかっています。
なぜなら当時の日本と韓国は、国力に雲泥の差があったからです。


日本と対等に合邦するということは、日本と同盟関係にある英国とも「対等な関係」を形成することになります。
文化もない、教育もない、産業もない極貧の有色人種国が、いきなり欧米諸国と「対等」な合邦を申し出る


韓国は、自らを何も律することなしに、また何の努力もすることなしに、日本に対して「対等な合邦」と言い出したわけです

日本は困りきったし、西欧諸国は涙を流して笑い転げます。

結果、欧米諸国は、日本に「韓国の面倒をみてやれよ」といい出します。


日本は、世界でただ一国「有色人種も人である」と必死に主張していた国です。


そもそも当時の国際的常識では、韓国は「人の国」ではないのです。「猿の国」です。

けれど、日本が「有色人種は人である」と主張するなら、朝鮮半島に生息する猿も同じ「人」となります。
ならば日本は、韓国を対等に遇しなければなりません


韓国の中味が「獣」でしかないなら、なんとか教育して「人」に仕立て上げなければなりません。

こうしてできあがったのが、明治43(1910)年8月の「日韓併合」であったわけです。


韓国を併合した日本は、韓国内に古くからある不条理な刑罰や牢獄制度を廃止させ、
韓国内に八つあった言語を統一し、半島内に五千二百校に及ぶ小学校を作り、二百三十九万人を就学させ、道路をつくり、
鉄道を敷設し、上下水道を整備し、路上での大便を禁止し、病院をつくり、電気を引き、
ビルを建て、道路を拡張整備して、韓国の近代化をいっきに押し進めました


韓国民を世界に認められる立派な「人」に育てようとした努力の数々だったわけです。



李氏朝鮮時代の支配層であった両班で、両班であることによる特権意識の強かった者は、日本に支配されることを快しとしませんでした。
対等な合邦であること自体が我慢できなかったのです。
むしろ、我が朝鮮民族こそ上位にある、などと考えていました



産まれてこの方、風呂に入ったこともなく、糞尿垂れ流しで着替えの習慣もなく、
女性には名前すら与えずに両方の乳房を露出させるという悪趣味の未開の野蛮な猿人が、
いきなりパリの一流ホテルに現れて、
我々を西欧貴族と同一に扱えと主張したところで、警察に逮捕されるのがオチです。


大韓帝国皇帝の高宗王が韓国近代化のための学徒として明治三十七(1907)年、国費で学生を渡米させることになったとき、李承晩は、そのなかのひとりに選ばれています。


ルーズベルトの前に出た李承晩は、その場で米大統領にあてた「韓国への援助を求める請願書」を大統領に渡そうとします。
韓国の国書ではありません。
あくまで李承晩個人の「請願書」です。


ルーズベルトはにっこり笑うと、李承晩にやさしくこう言いました。
「君、こういうものは、公式のルートをちゃんと通すものですよ」

ルーズベルトにしてみれば、そんな人として、国家として、組織として、最低限のルールさえわきまえない東洋の尊大な留学生


李承晩は、ジョージ・ワシントン大学、ハーバード大学に学び、明治43(1910)年には、プリンストン大学で政治学博士号を取って卒業しています


李承晩を待ち受けたのは、「日韓併合」という現実でした。

彼は翌年、寺内正毅朝鮮総督の暗殺計画に加担し、露見して投獄されています。


韓国にあった天道教という宗教団体が、ソウル市内の中心部のパゴダ公園(現タプコル公園)で朝鮮の独立宣言を読み上げることを計画しました


このデモは、その後五月にかけて合計1542回も行われました。
参加延べ人数は205万人です


最近アメリカが
日は韓中と仲良くしてけれ
とか言い出したのは
昔みたく日韓併合またやれよ
ってことなんだなヤナコッタ


もっというとこのデモは、昨今日本国内で行われているような大人しいものではありません


暴徒団は、警察署や役場を襲撃し、生徒達が授業を受けている小学校にまで押し寄せて、投石、放火、破壊、暴行、強姦、虐殺を繰り返したのです。
いいですか?小学校を襲い暴行、強姦をしたのです。
それが何を意味するかわかりますか?


死傷者は2万人を超えています。ひどいものです。これが「三・一暴動」と呼ばれるものです


終戦の年の10月に韓国に帰国した李承晩は、韓国の初代大統領に就任しました。


大統領とは名ばかりで、その実体は李氏朝鮮王朝の皇帝です


そして李承晩は、大統領に就任するとすぐに、韓国内で言論の取締を行っています。
すなわち、市内で「日本統治時代のほうがよかった」「いまの政治はおかしい」と発言しただけで、全員その場で逮捕、投獄し、厳しい拷問を加えた挙げ句、殺害してしまったのです。


こうして逮捕された政治犯は、李承晩が大統領に就任した最初の二年間だけで、日本統治36年間の政治犯の総数をはるかに上回るものとなりました


そして李承晩は、身勝手な我がままで金日成を追い込み、朝鮮戦争を引き起こすと、自分だけはサッサと前線から逃亡し、その逃亡途中で、武器さえも持たない韓国の一般市民を、北朝鮮のスパイだと一方的に決めつけ、韓国民20万人以上を殺害しています。


なぜ米国がサンフランシスコ講和を急いだのか、理由が見えてきます。
米軍を筆頭とする連合国は、あの悲惨な朝鮮戦争に、世界最強をもって鳴る日本軍を再生させ、参戦させようと急いだのです。


ところがときの総理の吉田茂首相は、そうした米国等の思惑を見抜き、占領統治憲法に記載された事項を盾に、言を左右にして日本の再軍備と参戦を拒みました。
まだ戦後の傷跡の癒えない日本が、泥沼化した朝鮮戦争に加担させられることを防いだのです。



そして米国は、翌年、当事者である韓国李承晩大統領の「あくまで戦う」という意向を無視して、韓国の頭越しに北朝鮮と休戦協定を締結しています。
米国が日本の参戦をあきらめたからです。


朝鮮戦争の苦戦によって、日本に再軍備させることを急いだ米国に対し、日本の参戦をあくまで拒もうとする李承晩が行ったことがあります


竹島の占領は、昭和26(1951)年7月のことです
実はこの2年前に、李承晩は対馬の領有宣言を行っています。
しかし、これは日米両国はおろか、連合国諸国から完全に無視されています。


政権の危機感を募らせた李承晩は、米国政府に対して要望書を提出しました。
内容は、
(一)日本の在朝鮮半島資産の韓国政府への移管
(二)竹島、波浪島を韓国領とする要求


(二)は、すでにGHQが日本統治時に決定した領海線であるマッカーサー・ラインを否定するものです。
これは米国にしてみれば、迷惑な要望でしかありません。
ただでさえ李承晩の我がままに乗ったばかりに、米国は米国の青年たちの命を、朝鮮半島で損耗している最中なのです。
そしてなんとか日本を参戦に導こうと水面下でコツコツと努力している最中に、この李承晩の提案は、邪魔なものでしかありません。


激怒した米国は、翌月には在朝鮮半島の日本資産の移管は認めるが、それ以外の要求は「一切認めない」という、外交文書としては異例の厳しい内容の書簡を李承晩に送りつけます。

これが「ラスク書簡」です。


李承晩は、サンフランシスコ条約が発効となる三ヶ月前の昭和27年1月8日に、突然、日本との国境を一方的に定めた「李承晩ライン」を取り決めたのです。

これに一番驚いたのは米国です。
朝鮮戦争の最中なのです。
なんとして強兵で知られる日本軍を参戦させようと水面下で努力していたのに、日本に協力をもらうべき韓国が、日本にいきなり喧嘩を売ったのです。


同月27日に、「李承晩宣言韓国政府声明」を発表したのです。

この声明で李承晩は、李承晩ラインは「国際法において確立された」と一方的に宣言します。
そんなことをすれば、日本は怒るにきまっています。
そして日本が怒れば、米国の朝鮮戦争に日本を参戦させようという目論見は、総崩れになる。


米国は、ここへきてようやく事態を重く考え、李承晩に、
「サンフランシスコ講和条約によって竹島は日本領である」
「李承晩の一方的な宣言は、国際法上違法である」と韓国政府に伝達しています。


李承晩ラインは、朴大統領によって廃止されるまでの13年間継続しました


李承晩が行った非道はそれだけではありません。
一方的に領海線を敷いた彼は、一緒に朝鮮戦争を戦ってくれている米軍にも内緒で、勝手に竹島に兵を入れ、これを軍事占領してしまたのです


血を流して韓国のために戦ってくれている米国に対し、あまりにもあきれ果てた韓国の行状は、結果として米国内の朝鮮半島への執着を捨てさせました。


李承晩の暴挙によって、せっかくの講和後も日本の参戦を棒に振った米国は、あくまで北朝鮮との戦いの継続を望む李承晩を無視して、彼の頭越しに北朝鮮との休戦協定を結びました。


一方、この休戦を不服とした李承晩は、韓国内に収容した敵軍の捕虜を国内で何の脈絡もなく全員釈放して放逐するという暴挙に出ています。
放逐された捕虜たちは韓国各地で事件を起こし、多くの韓国民に惨事を招きました。


韓国国内で民衆による李承晩打倒デモが起こったのです。


駐韓米国大使のマカナギーが李承晩を訪れて、大統領を辞任しなければ、米国は対韓経済援助を中止するとまで通告します。

韓国と係わると ここまでしないといけない


「韓国が北朝鮮と休戦」したものではありません。
「米国が北朝鮮と休戦」したのです。
韓国があくまで戦争継続を主張する中で、米国が「勝手に」休戦協定を締結してしまったのです。
ですから、朝鮮戦争の「休戦」は、韓国と北朝鮮の「休戦」ではなく、「米国と北朝鮮」の休戦であり、韓国はいまだ「戦争中」です。


こんなことが公然と行われたということは、すでにこの時点で米国は韓国を「人の国家」とみなしていなかった、ということです。


(1956)年に軍事クーデターを起こして、韓国内に新政権の朴正煕大統領が誕生
posted by РМН at 00:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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