世界が失望した「新アベノミクス」
安全保障関連法案を成立させて、245日に及んだ通常国会が9月27日閉会した。今後は安倍晋三首相が強調するように「経済最優先」に軸足を戻すことが最大の課題になる。
いまや世界のどこの国でも、国民の生活に直結する経済政策に失敗すれば政権の土台が揺らぐ。デフレからの脱却を目指したアベノミクスの成否は安倍内閣の死命を制する。
では「経済最優先」に舵を切りなおした安倍首相は次に何をやるのか。それを明らかにする第1弾が、9月24日に自民党本部で開いた自民党総裁としての記者会見だった。
党大会に代わる両院議員総会で、自民党総裁に正式に再選されたことを受けたものだったが、そこで「アベノミクスの第2ステージ」として『新3本の矢』を打ち出したのである。
第2次安倍内閣が発足して以来進めてきたアベノミクスでは、周知の通り@大胆な金融緩和A機動的な財政出動B民間投資を喚起する成長戦略――の「3本の矢」を掲げてきた。第2ステージになって今度は「新3本の矢」を掲げるというのである。
新しい3本の矢として安倍氏が掲げたのは第1の矢が「希望を生み出す強い経済」、第2の矢が「夢をつむぐ子育て支援」、第3の矢が「安心につながる社会保障」の3本。これによって「1億総活躍社会」を目指すとした。
肝心の「強い経済」では、GDP(国内総生産)600兆円という目標を掲げ、「戦後最大の経済」と「戦後最大の国民生活の豊かさ」を実現するとしている。直近のGDPは500兆円あまりだから、600兆円というのは果敢なターゲットである。そして、北海道から沖縄まで「地方創生」を本格化するとした。
キャッチコピーが山ほど盛り込まれたプレゼンテーションだったが、中味は著しく乏しい。新味のある具体的な政策が何も含まれていないのだ。
「的」を並べただけで、「矢」がない
しかもキャッチコピーでも大失敗を犯した。アベノミクスの代名詞になっていた「3本の矢」になぞらえた「新3本の矢」という言葉を簡単に使ってしまったのである。
大ヒット映画の後に、2匹目のドジョウを狙った「新〇×」という駄作が登場するのはよくあることだが、まさに「新3本の矢」の出来も、元祖3本の矢には遠く及ばない。もともとの3本の矢は経済政策の方法論が3つ明示されていたが、新シリーズは「ターゲット」が並んでいるだけだ。
「矢」ではなく「的」が並んでいる。しかも、当たり前の優先課題、つまり、これまでさんざん言われてきた経済再生、少子化、社会保障を並べているに過ぎない。しかも、下手に「新」を付けたことで、元祖を打ち消す副作用まで生んだ。
「金融緩和が消えた」「3本目だった規制改革はもうやらないという事か」
そんな反応が、エコノミストや政策専門家の間から噴出したのである。経団連の榊原定征会長は定例会見で、GDP600兆円について「不可能な数字ではない」として新3本の矢を評価してみせたが、財界に初めから歓迎される方針が改革的であるはずもない。
では、安倍首相は具体的に何をやろうとしているのだろうか。総裁会見でのプレゼンでは「強い経済」についてこう語っていた。
「雇用を更に増やし、給料を更に上げて、消費を拡大してまいります。デフレから脱却し、力強い成長軌道に乗せるため、『生産性革命』を大胆に進めていく。大きな経済圏を世界に広げながら、投資や人材を日本へと呼び込む政策を、果断に進めてまいります」
何ということはない。これまでの成長戦略に盛り込まれていたことを繰り返しているだけである。
「新味を出したい官邸事務方に安倍さんは乗ってしまった」と改革派官僚は言う。新味といっても政策の内容についてではない。いかにも自分が仕事をしたことを示すために、新しいキャッチコピーを付け見た目を変えることに腐心するのが官僚の行動パターンだというのだ。
本来ならば、これまでに挙がっている改革点を具体的に掘り下げることが重要なのだが、同じことをやっていても仕事をしているように見えないから、すぐに「看板」を架け替えようとするというのである。
官僚が「すっかり弾切れ」と漏らすほど
実際、安倍内閣が2013年6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略」も毎年6月に「改訂」されているが、報告書はそのたびに、どんどん厚くなっている。「新3本の矢」もそんな事務方の「表現重視」の結果だというのだ。
「すっかり弾切れです」と官邸に近い別の官僚も言う。アベノミクスとして具体的に何をやれば成果が上がるのか、分からなくなっている、という。安倍首相自身、本音では経済に関心は薄い。
周囲にいるブレーンたちも「良く勉強しているが、経済は、本来興味があるテーマではない」という。ただし、経済で成果を上げれば支持率が上がることは十二分に理解している、という。
つまり、首相自身が、経済改革について何か具体的な政策論を持ち合わせているわけではないのである。首相の演説を聞いていても、安倍氏の経済政策のスタンスは読み切れない。
大胆に既得権に踏み込む改革姿勢を強調する「新自由主義的な改革論者」の立場を前面に出すこともあれば、「瑞穂の国の資本主義」といった市場原理に疑問を呈するかのような発言もする。
聴衆によって発言内容を変えていると言われても仕方がないようなあり様なのだ。もちろん、これはスピーチを書く官僚やスタッフの違いでもある。要は、首相が経済政策に関して強い信念を持ちリーダーシップを発揮しているわけではないのだ。
「新3本の矢」の表明はタイミング的にも最悪だった。上海株の下落を引き金に大幅に株価が下げている中で、これまでになく市場関係者がアベノミクスの次の一手に注目していたからだ。
とくに、8月中旬から3兆円近くを売り越している海外投資家が、「やはりアベノミクスは買い」と見るか、「もうアベノミクスは終わり」と見るかで、今後の日本株の行方が決するタイミングだったのだ。
8月後半以降、ヘッジファンドや年金基金の大物が来日し、政官財の幹部に接触。日本の行方を見極めようとしていた。そんなタイミングでの説得力に乏しい「新3本の矢」が、彼らを失望させたのは言うまでもない。
英経済紙も酷評!
英フィナンシャルタイムス紙はさっそく、新3本の矢について社説を掲載。「(これまで掲げてきた構造改革などの)取り組みの強化に触れずに(中略)新たな3本の矢を発表したのは期待外れだ」とバッサリと切り捨てたうえで、従来の3本の矢の「明確なメッセージを分かりづらくするものは、目標を台無しにする恐れがある」とした。そのうえで、従来の3本の矢に注力せよとした。
9月24日に1万8000円台を再び割り込んだ日経平均株価は29日には、1万7000円を割り込んだ。米国株の下落や円高など外部環境の影響が主因であることには間違いないが、新3本の矢が海外投資家を売り姿勢から買い姿勢に転換させるきっかけには残念ながらならなかったことを示している。
少子化対策や社会保障改革が重要課題であることはもちろん間違いない。だが、強い経済を取り戻すために具体的に何を改革していくのか。これまでに指摘されてきた日本の構造の問題点を変えるために、具体的にどんな政策を打つのか。早急にそれを示すことが不可欠だろう。
その格好のタイミングが内閣改造だ。改造によって「経済最優先」を示す布陣を敷けるかどうか。大臣が改革姿勢を前面に打ち出して改革策を出していけるかどうか。年末の税制改革、予算編成に向けて安倍内閣の本気度が問われることになる。