「妻ががんになったことが原因で、離婚したがる夫はめずらしくない」
このようなことを聞くと、「まさか」と思う人は多いでしょう。私も初めて聞いたときはそう思いました。「死ぬかもしれない」という恐怖に怯えている妻に、そんな追い打ちをかけることができる夫がいるなんて……、と信じられませんでした。
ところが、決してめずらしいことではないみたいなのです。2年ほど前に「がんと離婚」をテーマに、フジテレビの朝の情報番組『とくダネ!』でも特集が組まれたくらいです。
ただ、妻ががんになると、かつて感じたことのない、ずっしりとまとわりつくような重みで心身が疲弊し、気持ちに余裕がなくなってしまうのは事実です。また、日本では夫婦の3組に1組が離婚していることを考えると、妻のがんが引き金となって離婚に至るケースは、そうめずらしいことではないのかもしれません。離婚に至らなくとも、不仲になってしまう夫婦は、結構いるように思えてきます。
夫からすれば責任感から、ずっと妻を支えることができるのか、仕事に支障を来さないか、生活費はもちろん治療費や貯金はどうなるのか、自分が病気になったらどうなるのか、子供をちゃんと育てることができるのか、親の介護問題が起ったらどうなるのかなど、将来のことを考えると、必要以上に不安が頭をよぎるようになります。妻ががんになったことで、追い詰められる度合いが強くなるのです。
近所を散歩しても、チェーン店のレストランで外食をしても、妻となら楽しめる私は、いいパートナーを得ることができたといえます。知り合いから「仲のいい夫婦」といわれることも少なくありません。妻がどう評価しているのかはわかりませんが、妻を支えたいという強い気持ちが自然と湧いてくるのです。
ところが、妻への思いがどれだけ強かったとしても、お金がなければあまり役に立ちません。少なくとも私の場合はそうです。
つらく絶望的にもなる妻の闘病生活を励まし続けるには、夫の愛情だけでなく、ある程度お金の余裕が必要です。少なくともお金の心配をさせるべきではありません。
お金がないと、夫としての価値がないように思え、罪悪感を覚えるようになります。この罪悪感が強くなりすぎると完全に追い詰められてしまい、どうしてこんなにつらい目に遭わなければならないんだと、まるで妻が敵のように思えてくることもあるくらいです。
私の場合、妻と一緒にいることが楽しいわけですから、少しでもお金に余裕があって、旅行やちょっと雰囲気のいいレストランに行くことができれば、普通の人以上に楽しめるのです。そのほうが妻もよろこんでくれるのはいうまでもありません。闘病しているからこそ、妻には人生の潤いが必要なのです。
恥ずかしながら、治療費の心配もしなければならないほどお金に困ったとき、妻との離婚を考えたことがあります。妻は生活保護を受け、私が稼いだお金を渡してあげるほうが、まだ安心して闘病できるのではないか、と思ったのです。私の存在なんて、お金と比べたら小さなもの、と信じて疑わなくなってしまったのです。実際、このことを妻と話し合ったことがありました。