積極財政論者として知られる彼らを呼んだら、こういう提言が出ることは分かっていた。安倍首相はこれを根拠にして増税を延期し、それを争点にして衆議院の解散・総選挙に打って出るつもりだろう。しかし彼らは本当に政権の意に添うことを言ったのだろうか?
■アベノミクスへの死刑宣告
首相官邸のホームページに和訳されているスティグリッツの資料を読むと奇異に感じるのは、「消費税」という言葉が一度も出てこないことだ。
書かれているのは欧米の不況の話ばかりで、日本の話は出てこない。彼が強調するのは「深刻な停滞時において、金融政策が極めて有効だったことはこれまでにない。唯一の効果的な手段は財政政策」ということだ。
そして具体的な政策として、彼は「緊縮財政をやめる」ことを提言しているが、そこで挙げている政策は、投資の促進や技術開発に政府支出を増やして生産性を上げるといった「構造改革」で、増税の延期ではない。
クルーグマンも前回の増税のとき首相官邸まで招かれて延期を勧告したが、日銀のマイナス金利については「効果は限定的だ」とコメントした。彼らの一致しているのは、ゼロ金利では金融政策の効果はないので、財政政策を発動すべきだということだ。
これはEU(ヨーロッパ連合)の不況をめぐる議論で、多くの経済学者が論じていることだ。彼らはドイツが極端な緊縮財政をとっているために南欧の債務国の金融危機が悪化していると批判するが、これは金融危機と無関係な日本には当てはまらない。増税の延期が「構造改革」になるはずもない。
いずれにせよはっきりしたことは、かねてから金融政策に否定的なスティグリッツだけでなく、かつてアベノミクスを絶賛していたクルーグマンまで、金融政策には効果がないとはっきり認めたことだ。これはアベノミクスへの死刑宣告ともいえよう。
むしろ問題は2015年の後半から成長率がマイナスになったことで、この最大の原因は個人消費の減退だ。アベノミクスはインフレ・円安で労働者から企業に所得を移転する政策なので、輸出企業の収益は上がったが、輸入物価の値上がりで実質賃金が下がり、労働者は貧困化した。
第1回の会合で、黒田日銀総裁は「失業率が低いのに賃金が上がらないのはなぜか?」とスティグリッツに質問したが、彼は何も答えられなかった。雇用の「非正規化」で賃金が下がっている日本の労働市場を知らないからだ。
こうした構造問題に手をつけないで財政支出を増やしても、バラマキが終わったら元の木阿弥だ。これは1930年代にケインズの提唱した政策と同じだが、経済学は80年前に戻ってしまったのだろうか?
アベノミクスには延髄切り