2016年05月24日

ニグロを吊るせ!

ニグロを吊るせ!

野次馬 (2016年5月21日 20:58) | コメント(17)



今回は沖縄県警、頑張った。中央からの圧力で事件が揉み消されそうになったので、マスコミにリーク、圧力が掛けられないように牽制しつつ、証拠固めをして逮捕した。今回、日本側に完全に捜査権があるケースなので、あとは検察と裁判所が頑張れば死刑に追い込める。今まで強姦された数千人の琉球娘の怨念を晴らす良い機会だ。さて、鬼畜米兵なんだが、あまりに凶暴な手口で、これ、日本だと死刑になる可能性がある。三島で起きた短大生焼殺事件では、「見ず知らずのオンナに声を掛けて相手にされなかったので、ムリヤリ車に乗せて強姦し、焼殺した」という事件で、被害者は一人なんだが、死刑になってます。強姦殺人で手口が共謀だと、日本では死刑があるのだ。


元米兵「スーツケースで遺体運んだ」 事前に用意か
 シンザト容疑者は元米海兵隊員。捜査関係者によると、これまでの調べに「女性を強姦(ごうかん)した」と供述したほか、「棒で頭を殴り、乗用車に連れ込んだ」「ナイフで刺して殺した」などと説明している。
 死体遺棄容疑についても認めており、遺体をスーツケースに入れて乗用車で運び、同県恩納村の雑木林に遺棄する際にケースから出した、という趣旨の供述をしているという。

戦後70年間、何千人もの強姦犯が、裁かれることなく、そのままアメリカに帰国している。そもそも、米軍は第二次大戦で沖縄の民間人、3人に1人を殺して居座った。まだ居座っている。早く出て行け。こいつらが出て行かない限り、戦後レジームは終わらない。


1時間1時間前

沖縄・米軍属の男による日本人女性強姦殺人事件報道を受けて、

記者からコメントを求められた安倍晋三は「無言」で立ち去り、

自民党の高村副総裁は「いや、よく知らないので・・・」と述べて

記者から逃亡!無言とよく知らないは、あまりにも酷すぎる。

お悔みなり怒りなりがあって然るべきだろう!
posted by РМН at 21:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定時制高校の卒業アルバムの寄せ書き。今でも時折読み返す

高校卒業を約2カ月後に控えた1960年(昭和35年)1月。何の授業だったか忘れたが1枚の色紙が私の手元に回ってきた。卒業アルバムのクラス写真と同じページに寄せ書きを載せるのだという。クラスメートの多くが「何を書けばいいんや」と思案顔だったが私は何の衒(てら)いも無く、筆を握ってこう書いた。


定時制高校の卒業アルバムの寄せ書き。今でも時折読み返す
「逆境とは誇り高き人生なり」

随分、大人びていると思われるかもしれない。しかし、二十歳にも満たない私の短い人生から、意到筆随として出てきた文章だった。

中学2年で父を亡くし、3兄弟の長男として父が遺(のこ)したセロハン製造の仕事をする母を手伝ったが、家族が暮らせる余裕はなく進学を諦めかけた。ただ母から「高校だけは」と言われ、昼間は釣り具メーカーで働き、夜は奈良県立畝傍(うねび)高校で学んだ。

仕事が終わるのが午後5時。授業は5時55分から始まる。中古部品をかき集めて組み立てた自転車に急いで飛び乗り高校へ。校門をくぐり、教室に向かうほんの僅かな時間は私にとっていろいろな思いが交錯した。授業やクラブ活動を終えて帰宅する学生服姿の全日制の生徒とすれ違うからだ。


私はこう呟(つぶや)きながら彼らを見ていた。「勉強だけして一日を過ごすよりも、一日に仕事と勉強をしている自分の方が濃い人生を送っているんや」。これは負け惜しみではなく心底そう思っていた。進学校の全日制の生徒には頭では負けていただろう。

そうした彼らと実社会で渡り合うにはどうしたらいいのか。常に考え続けていた自分がいる。貧しさから這(は)い上がるには人の2倍、3倍の濃い人生を送らなくてはならない。逆境こそが自分を育ててくれると確信していたからだ。

この濃い人生を送ることは今も実践している。75歳になっても大阪本社と東京支店の行き来も気にならない。月に1度程度の米国出張も欠かさない。夜はお世話になっている人たちとワイングラスを傾けながらの語らいは本当に楽しい。

父の死によってゼロからの出発を余儀なくされたことは私を鍛えてくれた。失うモノは何も無いから全てを前向きに捉えることができたのだ。


時折、卒業アルバムを眺めて色紙に書いた言葉を読み返す。

振り返ることは好きではないが、私の原点がここにあるのは間違いない。

つじもと・けんぞう 1940年(昭和15年)生まれ。60年奈良県立畝傍高校卒。ゲーム機レンタル会社などを経て83年カプコン創業。2007年に会長、現在に至る。


おはようござい舛添要一


3年前に粉砕骨折し、手術入院&半年リハビリ通院した経験を持つある男の傷害賠償保険に関する話です。
『自分の傷害賠償保険決めました。もともと都岳連の山岳会の会員なので、都岳連会員対象のフルガード保険にしました。
自分も昔加入していて、数年前に何故か消滅した保険ですが、半年前に再登場してました。
ポイントは3つ。
団体割引がある保険であること。手術の給付(入院給付の倍数が高いこと)。通院給付の日数が多いこと。
それとあくまで私見ですが、この春から、他の保険商品で、保障内容が薄くなっているものが多いような気がします。
特に通院給付日数の上限が引き下げられているような・・・。マイナス金利政策の影響でしょうか?』
posted by РМН at 19:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日のつぶやき










posted by РМН at 09:01| Comment(0) | ツイッター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本人が「移動」しなくなっているのはナゼ? 地方で不気味な「格差」が拡大中大都市と地方の、幸福と不幸

現在の「地方創生」の声の賑やかさには、これまでにない特徴がある。

地方都市の「消滅」に対する危機感があおられ、巨額の税金がそれを回避するという名目で地方に投入されている。しかしその一方で、地方を居心地のよい場所とみなす声も少なくない。

ベストセラーになった藻谷浩介らの『里山資本主義』から、ネットで話題のイケダハヤト氏のブログまで、地方はしばしば快適で、金がかからず、ひょっとすれば人情のある場所としてもてはやされているのである。

たしかに地方を理想化する声だけなら、かつてもみられた。魂の故郷として地方を称えることは、たとえば戦前の農本主義や、1970年代の第三次全国総合開発計画(三全総)でみられたことである。地方を純朴な場とみなす一方で、都会の風俗の堕落を嘆き、その都会によって地方が汚染されていると批判すること――それがこれまで地方賛美のひとつの型になってきた。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48598?page=1

地方から出る人の動きが小さくなっていることを、手放しで喜ぶことはできない。最大の問題は、移動の減少が均一にではなく、格差を伴い起こっている恐れが強いことである。

たとえば近年、大学進学のため、また大学卒業後に就職のために地方を出る人びとはかならずしも減っていないのに対し、進学や就職のため県外に出る高卒者や専門学校卒の人びとは減少している(学校基本調査)。

それはつまり移動が階層化されていることを意味しよう。学歴、そしておそらく特別の資産やコネをもたない者は、地方を出づらい傾向が高まっているのである。

言い換えるならば、「移動できる者」と「できない者」の二極化が、地方では進んでいる。近年、国境さえ超える社会的な移動が活発になっていることがしばしば話題になっているが、移動の拡大には、あくまで学歴的、資産的な偏りが大きいのである。
posted by РМН at 00:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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