2016年12月05日

「ギフハブに消されたんじゃあ…」ASKA容疑者、飯島愛さんの死にも疑問を持っていた?

 覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで11月28日に逮捕された歌手のASKA容疑者が、理解不能な言動を繰り返している。精度100%と言われる尿の本鑑定で「クロ」と出ているにもかかわらず、「前回逮捕されて以降、薬なんか見ていない」と供述。同29日放送の日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」では、逮捕直前の電話インタビューの模様が放送されたが、その内容は支離滅裂なものだった。

 ブログなどで再三訴えていた盗聴、盗撮被害について「『ギフハブ』っていう組織があるんですけど、ARっていう仮想現実で僕のいるところを映したりして。僕の携帯にそのアプリが埋め込まれていたんです」と力説。最後まで「日本ではテクノロジーが発達して、かなりの人がやられていると思うんですけど、それに気がついたのは僕が初めてなんじゃないか」と理解しがたい主張を繰り広げていた。これには司会の宮根誠司も首を傾げるばかり。

 ASKA容疑者を知る人物は「10年以上前から盗聴・盗撮被害を訴えていた。どう見ても火災報知機なのに『ここからのぞいているんだな!』 とブチ切れ、火災報知機をガムテープで塞いだこともあった。オフの日に朝から晩まで発見器のような機材を持って、都内をタクシーで回っていたこともある。彼は『これは闘いなんだ!』 と言っていた」と明かす。我々、一般人には理解し難い話だ。

 そんななか、ASKA容疑者と全く同じことを話していたのが、2008年12月に亡くなったタレントの飯島愛さん(享年36)。死因は肺炎とのことだが、彼女の死をめぐっては、薬物の過剰摂取を疑う声はいまだ根強い。ASKA容疑者とは長年パートナーの関係だったという。「2014年5月に『週刊文春』(文藝春秋)が2人の“関係”を報じ、ASKA本人もブログで彼女と交流があったことを認めています」とはスポーツ紙記者。飯島さんも晩年は盗聴・盗撮被害を訴え、ASKA容疑者に相談したこともあったという。

「電源の入っていないパソコンからでも監視されていると思い込んでいた。


深夜にASKAさんを呼びつけ、天井裏まで盗聴・盗撮機がないか捜索させたこともあったようだ」(芸能プロ関係者)

 当時はASKA容疑者も半信半疑だったそうだが、のちに飯島さんと“同じ世界”を見るようになり「彼女の言っていたことは本当だ」と傾倒していった。別の関係者の証言。「飯島さんは自宅マンションで亡くなっていましたが、今もASKAさんはその死に疑問を持っています。実は自分達を狙う盗聴・盗撮組織、つまりギフハブに消されたんじゃないか? と。次は自分じゃないか? と。彼が怯えて110番通報したのも、そうした深層心理があるためです」

 どう見ても、ジャンキー特有の幻覚・幻聴・脅迫観念としか思えないが、果たして――。
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アスリートだかモスキートだか

アスリートだかモスキートだか
野次馬 (2016年12月 1日 23:16) | コメント(9)

それにしても腹が立つんだが、何で脳筋バカどもの遊びのために、何百億も使わなきゃならないんだ? 遊びでやってるんだから、自分のカネでやれよ。税金使うな。年寄りの病気も、子供の世話も、カネ出さない、税金は節約したいというんだから、仕事もしないで玉遊びしているアスリートだかモスキートだかに出すカネなんかねぇぞw

2020年東京五輪・パラリンピックの競技会場計画の見直しで、バレーボール会場について現行計画の「有明アリーナ」(東京都江東区)を新設した場合、
修繕費が建設後の65年間で計約294億円かかると都の調査チームが試算したことが28日、関係者への取材で分かった。
同チームは大会組織委員会、政府、都、国際オリンピック委員会(IOC)の4者の作業部会に試算を提示し、事実上の"赤字運営"の可能性にも言及。
同案と「横浜アリーナ」(横浜市)の活用案のどちらが採用されるか、流動的な状況となっている。

じゃあ、ロックやってるミュージシャンが、政府のカネでロックの殿堂建ててくれと言うか? おいらの古い知人は、40年も前から、女子高生集めて、歌って踊って芝居して、というアングラ劇団やってるけど、いまだに下北沢の小劇場から脱出できませんw そういうのって、「好きだから」やっているので、税金注ぎ込んで支える必要もない。スポーツも同じだ。何百億出しても、やってる本人に入るわけじゃないので、出すだけ無駄。


各種競技団体の馬鹿コメントを見るにつけ
東京五輪は中止でよろしいかと存じます。
毎回ギリシャ開催案を支持したい。


いまだに下北沢の小劇場から脱出できませんw


下北沢の小便小屋と世界規模の競技と比較する発想がすでに江戸時代の間尺
五輪の波及効果と日本をアピールする、換言すれば国力宣伝、千載一遇のチャンス

下北沢の小屋で学芸会やっても世間はピクリとも動かない
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2016年12月04日のつぶやき










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力動山

1954年、当時の評価としては八百長くずれかもしれないが最終的には真剣勝負で力動山の実力勝ち。なので木村は当時、失墜しました。力動山が亡くなって以降は木村政彦のブック破り説の主張に影響されて力動山の騙まし討ち説が信じられています。1954年12月に試合があって試合直後に木村直筆、署名、捺印入りの確約書がスクープされましたが力動山、木村の双方の主張は違いました。木村は確約書のシナリオに合意したはず、力動山は第一戦の確約書はやぶったし、署名、捺印もしていないので合意していないという主張。二人の主張は平行線でしたが1955年2月の手打ち式以降はこの試合の事は話題にならなくなりました。とくに1960年代は全く話題にも上がっていません。この件を再び話題にしたのは木村政彦で1963年に力動山が亡くなり、1969年に著書の「鬼の柔道」でブック破り説を主張。その後、1970年代の梶原一騎原作「空手バカ一代」も「鬼の柔道」のブック破り説を引用し試合当時を知らない人々にもブック破り説が印象づけられました。また、1983年のNHK福岡や雑誌ナンバーでのインタビューでも木村政彦はブック破り説を主張しています。力動山が亡くなったのが1963年、木村が亡くなったのが1993年、この30年の差が木村の説に影響される事になったのでしょう。総合格闘技ブームによるグレイシー柔術が流行った事も木村の復権に役立っています。どちらが正しいかはともかく、力動山はすでに亡くなっているので力動山死後の木村の意見に力動山は反論できないので片手落ちと言えます。両者及び関係者が亡くなっているので真相は闇の中でしょう。


力道山は、戦前、大相撲が朝鮮北部へ巡業に行った際、連れてきた男。大相撲では関脇まで登った。日本の敗戦が決まると日本を見下し、兄弟子の言うことを聞かなくなった。ある日、兄弟子に素行が悪いのを注意された事に腹を立て、塩を盛り上げて有る神聖な土俵の上をハーレーダビットソンで乗り回し、グチャグチャに荒らした。その為に破門となった。当然の事だ。小さい頃、力道山の試合を毎週見ていた。大人も子供もみんな見ていた。その頃は、力道の何も知らなかったからファンだったが、真実を知った今は違う。力道山はプロレスで有名になった。しかし、素行は悪く、しばしば飲み屋で暴れては警察沙汰になった。二階で暴れ、屋根伝いに逃げ回った事もあった。暴力団員を投げ飛ばしたので、ナイフで刺された。致命傷ではなかったが養生が悪く腸閉塞で死んだ。昭和の無茶苦茶な時代の暴れ者の北朝鮮人。


金信洛


何れにしても、力道山はこうした卑怯な行為や人を利用するだけ利用して簡単に裏切る行為を繰り返してきた結果、十年もしないうちにチンピラに刺されて呆気なく死んでしまうという報いを受けたのだ


チンピラ曰く酔っ払って転んだ時に勝手に刺さっただけで刺した訳では無いそうですよ。怪我もとても落命する程の内容では無かったとか。ナマモノやら酒類は術後数日禁止なのに寿司を買いに行かせて酒と一緒にヤッてたという
無茶苦茶な無頼漢


tomoyukinanbu6 か月前
まず第一前提として力道山はあまりに卑怯。しかし木村は師匠から武術としての柔道を叩き込まれていた人。急に真剣に襲い掛かられたとしても言い訳はできない。それに、木村が本当に真剣に修行をした、全盛期は戦前。ハナからガチの喧嘩になったとしても裸勝負だし力道山が勝っていたと思う。



舛添要一
舛添要一4 か月前
私も同意見ですわ。力道山もガチンコで戦わずに騙し討ちというやり方を選んだのは卑怯ですが同時に賢いですね。リング上だから木村政彦の言い分も言い訳にしかならないんですし。


力道山って、小汚い元祖ヌルヌルwバカチョン


卑怯な力道山に怒った大山倍達がバーで詰め寄った際に、力道山が凶器を振り回したのは有名な話し(梶原一騎調べ)
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