2019年01月08日

ZOZO前澤社長「1億円バラまき企画」の波紋

「ZOZO」前澤友作社長(43)の“1億円バラまき企画”に重大疑義だ。これは自身のツイートをリツイートした人の中から100人に現金100万円を大盤振る舞いするというもの。リツイート(拡散)数は550万回超え(7日午後23時59分時点)に達した。一方で突然のトンデモ企画は本紙既報のZOZO株急落や、一部メディアが報じた“ゾゾ離れ報道”に対する焦りの裏返しと見る向きもある。

「普段通り装っていますが、内心は相当焦ったんじゃないでしょうか」

 そう語るのは前澤氏を知る関係者だ。同氏といえば、女優・剛力彩芽(26)とのオープン交際で話題を集め、2023年に予定される民間人初の月旅行の契約を結ぶなど、何かとお騒がせのイメージが強い。

 それでいて話し方は常に冷静沈着。剛力との交際の話題がネット上で炎上しても、取り乱すことはなかった。

 そんな前澤氏が自身のツイッターで“1億円バラまき企画”をブチ上げたのは、5日夜。「ZOZOTOWN新春セールが史上最速で取扱高100億円を先ほど突破」したとして、前澤氏個人から自身のフォロワー100人に、現金を100万円ずつプレゼントすると発表した。ツイッター上には「海外旅行に行きたい」「100万ほしい」などといった声から「1億円使ってフォロワーほしいのか」「こういうのをリツイしたら終わり」などの批判も寄せられている。

 参加条件は同氏のツイッターアカウントをフォローし、リツイートするだけ。受け付けは7日までで、当選者には同氏からダイレクトメッセージが届く。投稿後、フォロワー数は50万人から610万人超え(8日午前5時時点)に急増。リツイート数は17年8月にユーチューバーのヒカルが行ったプレゼント企画の54万回をアッサリ超え、550万回超えの世界記録を樹立した。現ナマの力、恐るべし…。

 別の狙いもある。ファッション通販サイトを運営する「ZOZO」を巡っては、本紙5日発行紙面で同社の株価が急落し、株主から批判が上がっていると報道。「東スポWeb」には同日午後4時30分に掲載された。同日に「東洋経済オンライン」は、ZOZOTOWNから老舗アパレルの「オンワードホールディングス」が撤退するなど、“ゾゾ離れ”が起きていると報じた。市場関係者の話。

「東スポと東洋経済の記事がネットにアップされた数時間後、バラまき企画をブチ上げている。ネガティブな話題をかき消すためにしか見えない。ZOZOの個人筆頭株主は前澤氏で、彼の錬金術は自社株の売却にある。株価の鍵を握る海外投資家の目に記事を触れさせたくないのでしょう」

 前澤氏はゾゾ離れ報道について「オンワードさんが商品を一時的に非表示にされ、様子を見られているのは事実ですが、正式に『撤退を決めた』という連絡は私は受けておりません」とした上で「読者に対して、多くのブランドの退店が相次いでいるかのような印象を与える『ゾゾ離れ』というタイトル設定に非常に違和感と悪意を感じます」と反論したが…。

 焦りのほどを表すかのように、告知ツイートでは“違反行為”が発覚した。同氏のもとに殺到するリツイートの中には当選確率を上げるために、複数のアカウントを駆使して応募する者が続出。

 これに対し、ツイッター社が定める「キャンペーンの実施についてのガイドライン」では「何度も応募するために多くのアカウントを作った利用者は、すべてのアカウントが凍結される」とあり、キャンペーン実施者には「複数のアカウントで応募した利用者は当選資格を失うことを必ず明記してください」とある。

 前澤氏のバラまきが「キャンペーン」に該当するかはわからないが、同氏の告知ツイートには「重複応募の不可」の注釈が抜けており、そのせいで同一人物の複数アカウント所持が一気に出現する結果となった。

「アカウントの凍結など、事後処理をするのはツイッター社の社員。いまごろ『余計な仕事増やしやがって!』と怒り心頭だと思いますよ」(ネット事情に詳しい人物)

 前澤氏の日本でのツイッターフォロワーランキングはきゃりーぱみゅぱみゅ(25)やダウンタウンの松本人志(55)を抜き去り、有吉弘行(44)に次ぐ2位に浮上。ネット上では「金でフォロワーを買った」とやゆされている。なりふり構っていられないということか…。
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文章が読めない「新聞読まない人」の末路

Siri、コンピュータ将棋ソフト、お掃除ロボットにスマートスピーカーなど、AI(人工知能)技術は身近なものとなっている。だが、人間がAIの判断に依存することで、考える力を失ってしまう世代が生まれてくるという。いま、どのような教育が必要なのか。

新聞を読まない人の、おそるべき傾向

【新井】これからAI時代が本格的に到来する中、生まれたときからAIの判断と推薦によって生きることになる世代を、私は「デジタルネーティブ」ではなく「AIネーティブ」と名付けています。

例えば、YouTubeで電車の動画を見ていると、次はこれを見たらいいとどんどん推薦してきますね。子どもは自分から何かを探すわけではなく、AIに推薦されたことに無意識に従って生きていく。そんな子どもたちがこれから育ってくるのです。

【佐藤】タブレット型学習法によく似ていますね。

【新井】ええ。AIネーティブの子どもたちが育つとき、自分が本当に何をしたいのか。自分で切実に欲求する前に、与えられたものだけを消費してしまうことになる。そうやって育った子どもたちが将来的にクリエーティビティを発揮し、生産者として必要な真実の判断ができるのか。私は難しいように思うのです。

【佐藤】わかります。AIは統治者にとっては非常に有利なツールでもあります。ですから、統治者側の子どもたちには、そういったものには一切触れさせない一方で、統治される側のほうにはAI時代というかたちで浸透させていく。実際、新聞を読まない人たち、つまり、SNSに依存する度合いが強い人たちほど現政権を支持する傾向が高くなっています。

【新井】本当にそうですね。AIはお金を持っている人たちが制御しやすいツールなのです。どのように正解データをつくるかで、AIの動き方は決まってくる。それを客観的で公平なものだと思っていると本当に不利になります。

【佐藤】おっしゃること、よくわかります。AIに慣らされてしまえば、成立しえない非論理を、論理的だと思ってしまうことがある。

最近、私が教えている神学部の学生たちに見せたちょっと面白い映画があります。それが1944年の11月につくられた日本の国策映画『雷撃隊出動』です。

【新井】レイテ沖海戦の後、硫黄島の戦いよりは前の時期ですね。

【佐藤】映画の登場人物が、アメリカ人捕虜の話を聞いて、「あいつらは飛行機も軍艦も兵器も兵もいい、大なるものが小なるものに劣るということは成り立たないというんだ。そしてまた質も優れている、新兵器もいろいろある。そんなアメリカが絶対に負ける道理はないというんだ」と嘆く。

すると、仲間が「こっちが1人死んで、あいつらを10人殺せばいいんだ。それ以外にこの戦争に勝つ道はない」という。確かにそうだと納得して、最後は雷撃機を駆って敵機動部隊に次々と体当たりしていくところで終わりになるのです。つまり、負け戦を前提とした映画です。これがなぜ戦意高揚映画になるのか。そこを考えろと学生に課題を出したのです。そうすると、ある優秀な学生が「先生、これは死の美学ですね」と指摘した。つまり、いかにきれいに負けるか。玉砕の論理になっているというのです。

合理的に考えたら、絶対に勝てないけれど、気合とか精神力といった主観的な願望によって客観情勢は変わる。精神の力を極大にすれば絶対に勝つという論理です。

私が戦時中の映画を、学生に見せるわけ

【新井】この映画を見た当時の人たちが、1人で10人を殺さないとこの戦争は勝てないのか、というふうに思ってくれればよかったんですけど。

【佐藤】しかし、そうはならなかった。完全に非論理的なものを、論理的だと思ってしまう。これと同じことが、今あちらこちらに忍び込んでいる感じがするのです。

【新井】そういえば、2018年夏に考えさせられるニュースがありましたね。2020年の東京オリンピックのとき、猛暑になったらどうするのかという話です。その対策として、打ち水とかよしずといった、日本のコンテンツによっておもてなしをするという。

しかし、その前に考えるべきことは、40℃近い猛暑の中、マラソンランナーを走らせることが適切なのかどうか。国際基準に照らし合わせれば、不適切となってしまうはずです。猛暑の場合、オリンピックのマラソンを中止するというのは、死者を出さないためにも、正しい判断だと思うのです。

【佐藤】しかし、オリンピックをやることが生命よりも重要な価値となれば、話は違ってくる。

【新井】そう。だからこそ、何事においてもグローバルに展開をするときに、精神論というものは、もう成立しないんです。

【佐藤】こういった非論理なことを、おかしなことだと自分で気付かなければならない。そのために、我々はきちんと読解力を身につけないといけないのです。ですから、私はわざと戦時中の映画を学生たちに見せています。戦前の軍のイデオロギーに基づいた教育を繰り返し受けて育った人と、さきほどのAIネーティブの話は似ているように見えます。

【新井】ある意味、1つの価値観の中で、純粋培養で育ってしまう。それがAIネーティブの問題点の1つでもあります。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は、明らかに自分たちのサービスを消費してくれるAIネーティブになってほしいと思っていますから。

【佐藤】資本の論理からすると、当然の話ですね。

【新井】それがまさにリバタリアン(完全自由主義者)による資本主義が、これ以上長続きしなくなる理由でもあるのです。資本主義というものは細く長く搾取することに意味があり、今のように一気に搾取してしまうと人材が駄目になって、資本主義が終わってしまう。最近、そんなことをヘッジファンドの有力者たちが言い始めています。

それは、ある意味、リバタリアンやGAFAがリスクになっているという認識だと思うのです。今は誰もGAFAが滅びるなんて言いませんが、私はGAFAが滅ぶ日は遠からずくると考えています。世界の有力者は資本主義を延命させるためにも、GAFAを滅ぼさなければいけないと思っている。

GAFAが提供するものは、普通の資本主義、つまり、生産物を売り買いするという正常系の経済学的な資本主義から考えると、ありえない話なのです。そもそも全然モノを売っていないのに、我々をずっとスマホ漬けにして、搾取してくる。

【佐藤】その結果、消費も非常にバーチャルな仕方になっています。

【新井】自己承認欲求や自己愛を心理学的にうまく操作されながら、消費者はずっとタダ働きをさせられて、わけのわからない消費をさせられてしまう。

それはどう考えても資本主義にとってメリットがあるとは思えない。どこかでこれをやめなければならない。そのことを一番よく理解しているのは、フランスのマクロン大統領とカナダのトルドー首相です。とくにマクロンは、本当に微に入り細に入りよくわかっている。それこそ、哲学や数学といった文理の教養を重視するグランゼコール(フランスのエリート教育機関)の偉さだと思うのです。ある意味、国民国家を守るために、どうやってこうしたテクノロジーを制御するのか。そんな難しい課題にまじめに向かい合っているのは、マクロンだけでしょう。

このままでは、資本主義が終わる

【佐藤】少し別の切り口のところから見ると、私はマルクス経済学をもう1回見直さなければならないと思っています。マルクスの『資本論』研究の第一人者である宇野弘蔵は、資本主義社会は、労働力を商品化させることで、あたかも永続的に繰り返すがごときシステムとなると言います。そのためにも、3つの要素が賃金の中に含まれている必要がある。

まず1番目は、食費、被服代、家賃、ちょっとしたレジャーといった、労働するためのエネルギーを蓄えるためのお金。2番目は、次の世代の労働者をつくり出すためにパートナーを見つけたり、家族を養うのに必要なお金。3番目は、技術革新に対応するための自己学習のためのお金。

資本主義を持続的に発展させていくための秘訣はそこにあるわけで、賃金が極端に下がり、この3つの要素を満たせなくなれば、プロレタリアートが成り立たなくなり、資本主義も成り立たなくなります。

【新井】マルクスのその考え方は、非常に普遍性が高くて、まさに資本主義をどうすれば持続できるかがわかります。

具体的なことを申し上げると、私の周りでも、多くの大学生が修士を出るまでに600万円くらいの借金をしています。もし大学院生の男女が結婚したら、その瞬間に両方で1000万円以上の借金ができることになる。20代で1000万円以上の借金があったとしたら、子どもなんて怖くてつくれません。

【佐藤】しかも、本来はそんなお金は貸してはいけませんよね。バブル時の不良債権のようです。

【新井】その状況で、3人子どもを産むなんて絶対に無理なのです。しかも、仕事が非常に不安定な状況で、稼げる見込みもない。では、そうしたお金が稼げないような人たちが今、何を言い始めているのか。結婚することと子どもを持つこと、家や車を持つこと。このコストだけで1億円くらいかかる。これを全部あきらめれば、このコストからフリーになれると言っているのです。それをプロレタリアートに言われたら、もう資本主義は終わるのです。

【佐藤】それはもうプロレタリアートではなくなるということですよね。

【新井】そう。そうすると、もう本当に国民国家は終わるのです。結婚はしません、家は持ちません、車などのレジャー消費はしません。それで、勉強はしません、自由になりますと言われたら、それはもう終わるのですよ(笑)。

【佐藤】そう言えば、プライドを満たすことができるのでしょう。車を持てない、家族を持てないということではなく、持たない。それが主体的な選択だということです。そうすれば、プライドを満足させることができる。

AIに負けない子育て法

【新井】それがある意味、妙な革命なんだなと思ったのです。

【佐藤】ああ、それは思いますね。文学のほうで見ると、その辺の革命を一番よく表しているのは、作家の柚木麻子さんですね。例えば、『伊藤くん AtoE』とか。

【新井】『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞した津村記久子さんもそうですね。あの辺の人たちの小説を読んでいると、まさにそうだと思います。今のプロレタリアート文学は『蟹工船』ではなくて、『ポトスライムの舟』なのです。

【佐藤】村田沙耶香さんの『コンビニ人間』、窪美澄さんの『アカガミ』など、女性作家たちが描くものは非常にリアルだと思いますね。

【新井】それは、彼女たちの世代が一番ひどい目に遭っているからでしょう。

だから、今そういう文学が出てきているのでしょう。そのくらい、GAFAによって、今とてつもない搾取が行われている。おそらく、今一番大きな危機に直面しているのが、国民国家です。将来的に人口減少は進み、再配分も成り立たなくなるでしょう。しかし、それを国民国家は阻むことができない。

【佐藤】そのとおりです。

【新井】今の状況を考えると、将来、日本でAIネーティブたちが子育てしたとき、本物の社会や本物の人間とコミュニケーションできるかどうか、大きな懸念を持っています。危機に直面する経験がなければ、問題解決することはできません。お腹が減る前に、おいしいものが次々と出てくる世の中では、渇望もなくなってしまうのです。

【佐藤】食欲も性欲も、そういったものすべてが飼い慣らされてしまうわけですね。

【新井】そうです。もし人間がAIらしくなれば、AIには必ず負けます。AIにできることは基本的には四則演算で、AIには意味を理解できないという弱点があります。オックスフォード大学の研究チームが発表した10〜20年後に残る仕事、なくなる仕事のリストを見ると、仕事がマニュアル化されやすいものがAIによって代替されやすく、コミュニケーション能力や理解力を求められる仕事が残りそうです。つまり、読解力こそがAIに代替されない能力なのです。

その読解力をどうやって身につけていくかといったら、言語という人工物が発明される前の、ホモ・サピエンスになる前の段階に戻って、感受性豊かな敏感期に、さまざまな経験をさせる。暑い日にお母さんと一緒に歩いてくたびれて、でも歩きたくて、それで10歩歩くと、しゃがんで虫を見つけたり、石とかを拾う。あの石じゃなくて、この石が好きだとか、あそこに光っているのはタマムシだ、とか。それに付き合うのは親として本当に大変なのですが、そうした人を見ると、私は必ず褒めます。そして、絶対にスマートフォンを渡さない。

重要なのは、人間として育てる前に類人猿としてきちんと育てることです。それは人間が個体発生ではなく系統発生だから。子どもにAI人材になろうとか、プログラミングをやろうとか言う前に、まず類人猿にすることです。それから人間になっていくことが大事だと考えています。
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少子化をLGBTのせいにするな

少子化をLGBTのせいにするな

アベシンゾーの家庭教師だった事で知られている平沢勝栄なんだが、「LGBTは生産性がないので国が滅ぶ」というんだが、それにはおいら大賛成で、生産性がないといえばオマエが教えた出来損間違いのアベシンゾーも子供いないし、やることなすこと全て、「日本人絶滅政策」で、実質賃金低下、日本を貧しくした主犯、ホモレズより悪いので、先にアベシンゾーを吊るすべき。そのアベシンゾーを教えたどっかの家庭教師も、ついでに製造者責任で殺処分だなw

自民党・平沢勝栄議員「LGBTで同性婚で男と男、女と女の結婚。これは批判したら変なことになるからいいんですよ。もちろんいいんですよ。でもこの人(LGBT)たちばっかりになったら国はつぶれちゃうんですよ」
また、東京の渋谷区や世田谷区が同性婚について証明書を出していることに触れ、「先進区だとか自慢しているが、私にはその考え方はよくわからない」と述べた。
LGBTをめぐる発言では、自民党の杉田水脈議員が去年、LGBTのカップルは「生産性がない」と雑誌に寄稿し、党内外から批判が噴出したこともあり、今回の平沢議員の発言も波紋を広げることになりそうだ。

自民党の政治家は、こういう「国民の人権を国家権力で縛る」のが大好きで、ナチスがそうだったように、「あるべき姿の日本人」とか、やりたがって、そこから外れる者を殺処分したがる。ユダヤ迫害と、アーリア系ゲルマン民族の優位性を表現したナチスドイツのヌードとは、表裏一体だ。


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http://dapalan.com/A917
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2019年01月07日のつぶやき






















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新宿でごみ収集車の清掃員を体験してわかること

新宿区で9ヵ月にわたって清掃員を体験現場はとんでもなく過酷

「ちっくしょぉぉぉー!!」思わず天を仰いでしまった。隣で立ち読みしていたビジネスマンをびっくりさせてしまったのは申し訳なかったけれど、こんな面白そうな本を見逃していたのだから仕方ない。奥付をみると初版は5月30日、9月10日で5刷とある。面白い本が出たよ!と超速でお知らせしたいHONZの一員からするとこの遅れは痛恨の極みだ。

 偶然見つけた一冊は、『ごみ収集という仕事 清掃車に乗って考えた地方自治』。地方自治や行政学を専門とする研究者が、新宿区で9ヵ月にわたって清掃員としてごみ収集の現場を体験した記録だ。この時点でもう、面白そうな雰囲気ビンビンである。

 なにしろ新宿区は、歌舞伎町や新宿二丁目、荒木町といった個性あふれる歓楽街や飲食街を抱えている。それに文化や生活習慣が異なる外国人も多い。今年の成人式で驚いたのは、新宿区の新成人の45%が外国籍だったことだ。新宿区の人口は34万6975人(2018年11月1日現在)。約12%にあたる4万3690人が外国人だ。比率は23区中トップ。そんな新宿区でごみ収集とは、聞いただけで大変そうである。

 地方自治というと、メディアはとかく「スーパー公務員」にスポットライトを当てがちだ。「調整型から立案型へ」の合言葉で一時は21世紀型の公務員像と持て囃されたが、著者はこれに違和感をおぼえていたという。行政を支えているのは、光が当たらなくても自らの役割をコツコツとこなしている人々ではないか。そうした人々を可視化することこそが、地方自治への理解につながるのではと考え、著者はごみ収集の現場に飛び込んだ。

 その心意気やよし!……なのだが、実際に体験した現場はとんでもなく過酷だった。本書には初めて知るごみ収集現場のディテールが満載だ。

ごみ袋の中には注射針や注射器も破傷風のワクチンを接種して仕事に臨む職員

 普段よく見かける収集車は「小型プレス車」と呼ばれる。ごみを「押し板」で圧縮しながら最大約2トンを積み込める車だ。新宿区では車1台につき作業員2名で作業し、1日に6台分を積み込むよう作業量が決められている。

 初めて向かった現場はファミリータイプのマンションだった。容量いっぱいに紙おむつなどを詰め込んだ袋が多く、雨を吸ってずっしり重い。60リットルのごみバケツいっぱいに詰められたごみを、投入口まで抱え上げてひっくり返す作業は想像以上の辛さだ。さらにプレス車の回転板は、縄跳びに入っていくようにうまくタイミングを見計らって投げ込まないと、袋が落ちてしまい拾い上げるのに余分な体力を使うはめになる。しかも均等にタンクの中に押し込まれるように左右に投げ分けなければならない。

 危険とも隣り合わせだ。ごみ袋の中には注射針が入っていることもあるため(新宿二丁目の現場では、注射器だけでなく避妊具や下剤、人糞まで入ったごみ袋があった……絶句)慎重に袋を取り扱いたいが、時間がそれを許さない。職員は破傷風のワクチンを接種して仕事に臨んでいるという。

 スプレー缶や乾電池が入っていれば、圧縮されるうちに爆発し、火災を起こすこともある(近年、全国で清掃車の火災が増えているという)。ひとたび火災になれば、運転手や作業員が危険にさらされるのはもちろん、1台900万ほどする清掃車が廃車になってしまう。

 著者はルール破りのごみが多いことにも憤りをおぼえる。代表的なものが、きちんと水気を切っていないごみだ。この手のごみはプレスされる時に水分が飛び散る。もしそれが住宅や通行人にかかれば取り返しのつかないトラブルになってしまう。で、どうするかといえば、なんと!作業員が身を挺して盾となり、ごみ汁の飛散を食い止めるというのだから驚く。本書にはこのように読んでいると切なくなるような話が随所に出てくる。

都市の暮らしを本当に支える縁の下の力持ち

 新宿区には清掃工場がないため(荒川、台東、千代田、中野、文京にもない)、タンクが満杯になった清掃車は、指定された遠方の清掃工場に向かう。そして作業員は別の場所で待機している清掃車のもとへ走るのだ。こうして2台の車を使い回すため、交通事情によってはどうしても待ち時間が生じてしまう。にもかかわらず、清掃車の戻りを待っている職員を見かけた住民からは、「働いていない」などという苦情が寄せられるという。おなじみの「税金の無駄遣い」というやつだ。

 だが、苦情を述べる人たちは、次のような言葉をどう受け止めるだろうか。清掃車の運転手は、収集作業が終わると、翌日に備え車を洗う。臭いがこもらないようタンクの中まで丁寧に洗浄するのだが、その思いをある運転手はこんなふうに語っている。

「ごみという、汚く、臭い、誰もが嫌がるものを運搬するのだから、車まで汚れていれば、それを見た住民はいい気分にはならない」

 ところが、そんな思いを踏みにじるかのように、ある女性運転手は、信号待ちの際、見知らぬドライバーから「おねーちゃん、臭くねーのか」などと心ない言葉を投げつけられる。

「21世紀は都市の時代」などと言われ、東京はその最先端のように思われているが、都市の暮らしを本当に支える縁の下の力持ちは、ごみ処理のような仕事に携わる人々だということを、どれだけの人がわかっているのだろう。深く考えずに「税金の無駄遣い」と叫ぶ人に、それならお住まいの区に新しく清掃工場をつくっては?と問いかけてみたい。途端に威勢の良かった言葉は、勢いを失うはずだ。

 企業の人事担当者に提案したいのだが、今後、研修のひとつに、ごみ収集体験を取り入れてみてはいかがだろうか。というのも、本書で描かれるごみ収集の現場は、いま話題の「ティール組織」そのものなのだ。清掃員ひとりひとりが現場で高度な判断を行い、しかも自発的に協力しあっている。

 たとえば清掃員は、工場の特性まで考えながらごみを収集しているという。本書で初めて知ったのだが、清掃工場の焼却プラントは、敷地の形や広さによって、工場ごとに異なるメーカーの設備が採用されているそうだ。工場によっては、木の板や段ボールがまぎれこんでいただけで、ごみを投入する装置が停止してしまうところもあるという。焼却炉停止に及べば復旧まで数日を要する。清掃員は現場で「なにを収集してはいけないか」を判断しながら仕事をしているのだ。

 清掃センターに戻った後も、自分の持ち場が片付くと、職員は自発的に他の人の分別作業などを手伝うという。自ら考えて動くからこそ、現場が回っているのだ。会議室での研修よりも、こうした現場を踏むほうがよっぽど得るものが多いと思う。

こんど清掃作業員を見かけたら声をかけてほしい

 最後に、本書を読んで個人的に新しく始めたことを挙げておこう。ある作業員は、住民から「ご苦労様」と言ってもらえるだけで、やりがいを感じると述べている。ごみ収集の仕事は、肉体労働であると同時に、過酷な感情労働でもある。「ありがとう」のひとことで彼らのモチベーションが上がるのならそんなのお安い御用だ。いくらでもお礼を言おうではないか。

 こんど清掃作業員を見かけたら、ぜひあなたも声をかけてあげてほしい。笑顔で応える彼らをみて、きっと晴れやかな気持ちになるはずだ。
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