2014年02月12日

京都=陰険のホットスポット=別名、「陰県」

つまりそれは、観光客向けにこぎれいに取り繕えられた場所と、他方、まるで
終戦直後のような荒れ果てた状態でほったらかされ、陰部として「上から」そ
の存在を隠されている、2つの顔があるという点である。

ゼロ番地の方向へ、まっすぐ南へ進んでいくと、華やかな京都のイメージとはお
よそ想像もつかない裏寂れた町並みが次々と僕の目に飛び込んできた。そんな町
の中を歩いていると、夕暮れ時のせいもあってか、僕の気分は急速にブルーにな
ってゆきふと、死にたくなった。

しばらく歩き、ゼロ番地の辺りまでたどり着いた。そこで、再び鴨川沿いまで出て
みると、川沿いにはまるで、廃墟ともただのゴミ捨て場とも分からないような家々
が連なっていた。もちろん廃墟ではなく、いくつかの家からは生活のにおいがうか
がえる。家事にあったのか、焼けた後そのままになっている家もあった。ただのゴ
ミの山もあった。

やかましく、挑発的なクラクションが僕の耳を襲った。驚いて道の隅によけると車
の窓から髪を金色に染めたいかにもヤンキー風の男たちが、窓から顔を出し、通り
過ぎるときこちらをジッと睨んでいた。

午後7時過ぎ、小雨のぱらつく中ようやく今回の最終目的地、崇仁小にたどり着いたと
きには辺りはもう真っ暗だった。崇仁小の静まりかえった白い校舎が夜の闇に映え、僕
に畏敬させるような不思議な威圧感を与えた。

崇仁小の校門の隣にひっそりと佇んでいる「負けて たまるか」と書かれた小さな石碑が、
冷たい雨にぬれていた。(了)


 舛添氏の女問題はめちゃくちゃで、『俺は十代の頃はいくらセックスしても子供ができないから、精子が少ないかと思っていたが、それからぼんぼん出来ちゃって、おろすのが大変だった』と得意げに言っていたのをAさんは鮮明に記憶しているという。  3年、Aさんとは内縁のような通婚関係にあったが、舛添氏は、Aさんにコンスタントに月10万円すら持ってきたことはなかった。次々に浮気をした上、「お前は苦労するように出来てんだよ」とあざ笑うように言っていた。当時、Aさんは、自閉症の子供を持ちながらアルバイトで学費と生活費を工面していたので、3年で10年分、老けたように見えたという。

 田原総一朗氏も、石破茂自民党幹事長も、舛添氏が扶助料減額の調停中だと知っていて、都知事選で舛添氏を推薦している。Aさんはブログやツイッターにメールを送ったが、返信は当たり前のように来なかった。さらに、自民党の最近のマスコミ操作は目に余るとBさんたちは感じている。

 「Aさんは今回の都知事選の展開に非常に憤慨しています。『あの性的異常者をそのまま都民に押し付けるのは犯罪ですよ。彼は人格障害ですから』と言っています」

 これが、Bさん達が語る舛添氏の正体だ。数々の女性蔑視発言ともあいまって、舛添氏の女性に対する姿勢がよく分かるだろう。すでにこの本性を察して「舛添要一を都知事にしたくない女たちの会」が立ち上がっている。Bさん達の言うところの「異常者」を、日本の中枢である東京都の知事という要職につけていいのか。女性だけではなく、男性も、いや老若男女を問わず、都民の良識が2月9日には問われることとなる。

 最後に、舛添氏の婚外子にあたる息子さんの言葉をお伝えしよう。

 「舛添が都知事なんて嫌だ。お母さんをだましたから」
posted by РМН at 21:00| Comment(0) | 某掲示板より転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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