2020年03月31日

コロナ禍で「困った人間性」を露呈してしまう3つの騒ぎ方

 人々が敏感になっている状況でこそ人品骨柄が問われる。大人力について日々研究を重ねるコラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。

 * * *

 東京オリンピックパラリンピックが「一年程度」延期されることに決まったのは、3月24日夜でした。まだ何日もたっていませんが、ずいぶん昔のことのようです。新型コロナウイルスをめぐる状況は、それだけ激しく変化し続けています。

 延期の決定を待ちかねていたように、25日には急に深刻モードになった小池都知事が「感染爆発の重大局面だ」として、週末の外出自粛を都民に要請しました。それを受けて周辺の県も「東京への外出自粛要請」を出したり、政府がなぜかいきなり和牛や魚介類の商品券を発行すると言い出したり、食料品を買い求める人でスーパーが激混みしたり、とにかくいろんな形での混乱や騒動が起きています。

 不安ばかりふくらんでストレスもたまるだけに、平常心を保てないのは仕方ありません。さらに恐ろしいことに、新型コロナウイルスはその特別な存在感で弱った心を揺さぶって、感染していない人にもさまざまな影響を与えてしまいます。

 あなたの周囲にも、あるいはあなたのSNS上にも、次々といろんな対象に牙をむいたり怪しい情報を垂れ流したりして、困った人間性をクッキリと露呈している人がひとりやふたりはいるのではないでしょうか。じつに残念だし、じつに気の毒なことです。

 コロナに負けないために、不要不急の外出をやめて、「密閉」「密集」「密接」の3つの密を全力で避けるのは言わずもがな。それに加えて、コロナの影響で残念な言動をしてしまうという事態も、大人として厳に慎みたいもの。他山の石とするために「困った人間性を露呈してしまう3つの騒ぎ方」に着目してみましょう。

【新型コロナウイルス 困った人間性を露呈してしまう3つの騒ぎ方】

その1「感染してしまった人を責めたり、ヘイトな発言を得意気にしたりする」

その2「素人なのにネットで拾った生半可な医療知識をしたり顔で語りまくる」

その3「デマに乗せられて右往左往したり、そういう人たちを冷笑したりする」

●その1「感染してしまった人を責めたり、ヘイトな発言を得意気にしたりする」

 不運にもウイルスに感染してしまった人は、間違いなく被害者です。しかし、ライブハウスに行ったとか用心が足りないとか、あれこれあら探しをして「自業自得だ!」と責める声の多いこと多いこと。もし周囲でそういう声を聞いたら、その人は他人の苦しみに想像力が働かない冷血漢であり、しかも安全圏から石を投げるのが好きな卑怯者だと思って間違いないでしょう。

 ダイヤモンドプリンセス号で感染防止に奮闘していた人が、職場で「バイキン」扱いされたという話もありました。あるいは、実際は乗っていないのに「あの会社の社長は夫婦で乗っていたらしい」という噂が広まって、会社の業績に大きな影響が出たケースも複数あるようです。「みんな不安なんだからしょうがない」で済む話ではありません。ただ、どちらの場合も、やった側は今も罪の意識を持ってはいないでしょう。

 この期に及んでどの国に責任があるとか、○○人は出ていけとか、そんなことを何の迷いもなく言っている人もいます。たぶん、常にヘイトな発言をしていないと、日本人であることが唯一の拠り所である脆弱なプライドが保たれないのでしょう。わざわざ「中国武漢ウイルス」と呼んで悦に入っている人も同類です。

●その2「素人なのにネットで拾った生半可な医療知識をしたり顔で語りまくる」

「新型コロナウイルスはこういう性質があるから、こういう予防法が有効だ」とか「最悪の場合、今後こういう事態が予測される」とか、しょせん何かの受け売りなのですが、SNS上で講釈を垂れる人の多いこと多いこと。スキあらば偉そうな顔をしたりマウントを取ったりして、自尊心を細かく満たさずにはいられないのでしょう。

 講釈を垂れているほうは気持ちいいかもしれませんが、こういう人があっちにもこっちにも出てきているだけに、なんとも迷惑千万です。アテにならない情報が飛び交って世の中が混乱するし、不安をますますふくらませることにしかなりません。自分ではお利口ぶっているつもりかもしれませんが、素人がしたり顔で専門知識を語る滑稽さに気づいていない点で、お利口とは逆の印象を振りまいてしまうでしょう。

●その3「デマに乗せられて右往左往したり、そういう人たちを冷笑したりする」

 何℃以上のお湯がどうしたとか、トイレットペーパーがなくなるとか、コロナがらみのデマが次々と出てきて、そのたびに世間が騒然としています。「コロナウイルスは化学兵器だ」というデマもありました。まんまとデマに乗せられて買占めに走ったりすると、素直だけど思慮に欠けるという人間性が、クッキリと出てしまうでしょう。

 いっぽう、デマ騒動が起きると、乗せられた人を批判する人が、乗せられた人以上に湧いて出てきます。しかし、騒動が起きたあとの一種の後出しジャンケンで「なぜそんな話を信じるのか理解できない」「日本人はどこまでバカなんだ」と冷笑して優越感を覚えている姿を見ると、「似たり寄ったり」「どっちもどっち」という言葉を連想せずにはいられません。冷笑すればするほど、今ひとつ信用できない人間性が漂ってしまうでしょう。

 感染の拡大を抑え込むという意味でも、甘い罠にはまって困った人間性を露呈させないという意味でも、まだまだコロナとの戦いは続きます。前者の「感染の拡大を抑え込む」戦いは、きっと遠からずいい結果が待っているはず。後者の「甘い罠」をめぐる戦いは、たとえ少々負けても命に別状はありません。ただし、コロナ騒動が収束したとしても、この手の「甘い罠」は、ずっとあなたのそばで虎視眈々とチャンスを伺い続けています。
posted by РМН at 00:00| Comment(0) | 某掲示板より転載3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


人気ブログランキングへ