2026年02月14日

「外国人が住みにくい街を」埼玉・川口市長選挙で複数の候補者が外国人排斥を堂々と訴え

埼玉県の川口市長選挙。「外国人が住みにくい街を」などと訴えた2人の候補が落選したものの、あわせて2割近くの票を獲得しました。事実に基づかない主張も飛び交った選挙戦を取材しました。

政治団体「日本党」公認 西内聡雄氏(52)

「日本人が一番住みやすく、外国人が住みにくい街。そのためには外国人の生活保護の即時廃止。外国人優遇政策、これ全部やめます」

きのう、投開票が行われた埼玉県の川口市長選挙。「外国人政策」が争点の1つとなりましたが、複数の候補者が「外国人排斥」を街頭で堂々と訴える選挙となりました。

川口市では、人口およそ60万人のうち外国人の数は5万人余りと9%近くに上っていて、国籍別では中国が一番多く、ベトナム、フィリピンと続きます。

政治団体「日本大和党」公認 古川圭吾氏

「多文化共生なんて不可能なんですよ。約束します、外国人はもういらない」

この日、駅前で演説を行ったのは、落選したものの、1万7000票余りを獲得した古川圭吾氏。日の丸を振る支持者の周りには「ヘイトを許さない」などと抗議する人たちも集まり、一触即発の状態に。

「レイシスト帰れ−」

古川氏がとりわけターゲットにしたのが、川口市に住む「クルド人」でした。

政治団体「日本大和党」公認 古川圭吾氏

「必ずクルド人を一掃します。はっきり言います、絶対に許しません」

SNSでは数年前から川口市の“外国人の増加”と“治安の悪化”を結びつける主張が拡散。3年前、クルド人同士の切りつけ事件が起きた際は「クルド人出て行け」などといった投稿も広まりました。

市が去年行った調査によると、「市の良くないところ」という問いに対し、「治安が悪い」と答えた市民は過去最多の54.1%。古川氏も「市内で外国人による犯罪が多い」ことを自身の主張の根拠に挙げています。

しかし、私たちが埼玉県警などに取材したところ、2020年以降の5年間で、川口市に住む外国人は4300人余り増えた一方、市内の外国人の刑法犯の検挙件数は、233件から152件に減少していて、相関性がみられないことが分かりました。

古川氏はこんな発言も…

古川圭吾氏

「奥ノ木(前)市長もクルド人から脅迫されていると本人も言っている。だから今回、もう市長は無理だと。これ以上、外国人に関わりたくないと」

発言の真偽を川口市に確認したところ、「市長がクルド人から脅迫されたという事実はない」「市長引退については、公約を実現したこと、年齢を重ねたことが理由だ」と明確に否定しました。

古川氏に質すと…

政治団体「日本大和党」公認 古川圭吾氏

「本人が何かで話してましたよ。間違ってたら申し訳ないですね、訂正させていただきます。(Q.選挙に名を借りたヘイトスピーチという声もあがっているが?)ヘイトスピーチだとは思ってない。言うのは自由ですから」

事実に基づかない主張が拡散するなか、市内でクルド人コミュニティを率いるワッカス・チョーラクさん(44)のもとには毎日のように誹謗中傷のメールが届くといいます。

日本クルド文化協会代表 ワッカス・チョーラクさん

「『日本から出て行け。出ていかないならクルド人を皆殺しにする』。3年前と比べて生活しづらくなっている。なぜ日本全体でこのヘイトのターゲットになっているのか」

去年12月には、クルド人の友人が経営するケバブ店に突然、ユーチューバーの集団が押しかけてきました。

日本クルド文化協会代表 ワッカス・チョーラクさん

「何も許可なく、いきなり6人くらいで来て、この辺りでお店に向けて動画撮ったり。わーわー言ったり」

“インタビュー”と称し、店主にカメラを向けるユーチューバーたち。

河合悠祐氏

「クルド?」

クルドの男性

「クルドの人間」

集団の中心にいるのは、外国人排斥を訴える戸田市の市議です。

YouTuber

「この男、iPhone17を持ってるぞ。なぜ難民なのにiPhone17が買えるんだ?」

衆議院選挙を控えるなか、ワッカスさんは選挙の度にエスカレートする排外主義的な主張に危機感を募らせています。

日本クルド文化協会代表 ワッカス・チョーラクさん

「川口の人たちの問題は外国人じゃないです。もちろん、日常生活だったり、文化が違うというのはあるので、そのキーも対話なんです。(政治家が)排除するんじゃなくて、一緒にどうすればうまくいくか考えるべきだと私は思っています」
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2026年02月13日

なぜ、いま賃上げが大切なのか

なぜ、いま賃上げが大切なのか


 オンラインで実施した「非正規労働者 生活・賃金実態調査2026」には、約2週間の調査期間で328件の回答が寄せられた。調査結果からは、物価高が続くなかで賃上げが行われない、あるいは不十分な中で、多くの労働者が生存に不可欠な支出を切り詰めざるを得ない状況に追い込まれている実態が明らかとなった。

 回答者の実に90.1%が、食費や光熱費、医療費などを削っていると回答している。特に、非正規雇用では状況が深刻だ。 以下は、自由記述欄に寄せられた回答の一部である。


「病院に行かずに薬を購入して医療費を削っています」(契約社員、医療・福祉、1001〜1200円、兵庫県、50代、女性)
「食費をよく削ります。1日2食にしたり量を減らしたりします。」(派遣社員、製造業、1201〜1400円、15万円以上20万円未満、埼玉県、40代、男性)
「米が特に高騰しているため、主食をパンや麺類に置き換えることが増えた。子どもの服は安い店で購入し、一部親族からおさがりとして譲り受けている。」(派遣社員、卸売業・小売業、1201〜1400円、兵庫県、40代、女性)
「食べ盛りの子供が3人居て、生活困窮しているので自分は2〜3日食べず、子供達と嫁に回す事がある。」(契約社員、運輸業・郵便業、20万円以上25万円未満、愛知県、40代、男性)
 これらの声からは、最低限の生活すら維持することが困難な状況に置かれていることが読み取れる。最低賃金水準で働く多くの非正規労働者にとって、物価高のなかで賃金が上がらないことは、実質的な「賃下げ」であり、生存を脅かしている。


 さらに、物価高に対して、残業や副業など労働時間を増やすことで対応しているという回答も多く寄せられているという。


「夜勤専従でもう10年勤続していますが、賃金が低いので明けの日に副業をして補填していますが、無理が祟って脳卒中で倒れた、一命を取り留めましたが家族を養う為にもすぐに復帰して変わらずに働き続けています。会社の利益にはかなり貢献しているはずなのでせめて夏冬にまとまった寸志でも支給してもらいたいと訴えましたが全く相手にされずに生活を人質に搾取され続けている。」(契約社員、医療・福祉、1201〜1400円、20万円以上25万円未満、奈良県、40代、男性)
「臨時職員の勤務は時給で週4日なので、他の場所でアルバイトを週0〜2日で行い生活費を補填している。幸いにも体は丈夫なので医療費などの出費はほぼないが、今の状態で病気など働けない状態になれば全て破綻してしまう。」(臨時職員、教育・学習支援業、1401〜1600円、15万円以上20万円未満、東京都、20代、回答しない)
「食料品はなるべく安価な品物を選択して購入しているが、明らかに出費が増えました。外食は減り、以前より食事の質が落ちたように感じます。休日にスキマバイトをして生活費を捻出。」(派遣社員、製造業、1401〜1600円、25万円以上30万円未満、兵庫県、50代、男性)
「学生だが、仕送り等は少ないので、空いている時間をほぼ全てアルバイトに充てている。寝る時間も削って働かないと追いつかない。」(パート・アルバイト、卸売業・小売業、1201〜1400円、東京都、20代、女性)

 確かに、賃金が上がらなければ、更に働くしかない。だが、睡眠や休息をとるべき時間までも労働に充ててしまえば、慢性的な過労状態に陥り、いつ健康を損なってもおかしくない。

 今回の調査結果は、物価高に対する個人的な対処にはすでに限界があることを示している。こうした状況を踏まえ、非正規春闘実行委員会は、今こそ大幅な賃上げの要求と、その実現が不可欠であると訴えている。


海外で盛り上がるインフレ下での賃上げ要求運動

 インフレによる実質賃金の低下と生活苦の深刻化は、日本に限った問題ではない。世界各地で同様の状況が広がるなか、海外の労働運動では賃上げ要求が大きな広がりを見せている。アメリカでは、2022年にインフレによる生活苦を背景に、労働組合が賃上げを掲げて運動を展開した結果、現場労働者から広範な支持を集め、アメリカのAmazonで初めて労働組合が結成された。

 さらに2025年末には、アメリカに加え、欧州やアジアの労働組合が賃上げを求めて相次いでストライキに突入した。Amazonだけでなく、アメリカのスターバックスでも賃上げを求めるストライキが行われ、全米85都市・120店舗以上で約2,500人の組合員が参加した。


 また近年では、ごみ収集労働者や行政職員、看護師など、社会を支えるエッセンシャルワーカーによる賃上げ要求も活発化している。2026年1月には、ニューヨーク市内の複数の病院で働く約1万5,000人の看護師がストライキに突入した。年間数百万ドル(日本円で数億円規模)を稼ぐ病院経営陣に対し、現場の労働者たちは「私たちは命を支えるエッセンシャルワーカーだ」と訴え、賃上げや人員増加を求めている。


 物価が高騰する一方で賃上げが行われなければ、生活はさらに困窮していく。こうしたなか、海外では「賃上げ」が労働運動の最重要課題として前面に押し出され、賃上げ運動に加わる労働者が増えているのだ。


おわりに

 今回の調査から明らかになったように、インフレが最低賃金水準で働く非正規労働者に与えている影響は極めて深刻だ。だが、海外ほどのリアクションはまだ乏しい。特に、正社員の賃上げが叫ばれる一方で、非正規雇用は置き去りにされている。

 日本でも、労働者が賃上げを要求し、実際に賃上げを実現していく社会的必要性は明白だろう。その際に重要となるのが、海外では当たり前に行われている、ストライキを辞さない賃上げ要求である。非正規春闘の過去の事例でも、ストライキを行い、全従業員の賃上げを勝ち取ったこともある。


 職場に労働組合がなくても、賃上げ要求の根拠を持ち、ユニオンを通じて団体交渉を行えば、非正規労働者にも賃上げを実現する道はある。今春、勤務先でまだ賃上げが行われていない人や、現在の賃金水準に納得がいかない人は、まずは冒頭で紹介した「非正規春闘・賃上げ相談ホットライン」や、各地のユニオン(個人加盟労組)に相談してみてほしい。
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2026年02月12日

【中卒社長が断言】学歴はあったほうがいい。

【中卒社長が断言】学歴はあったほうがいい。

 32歳の中卒社長として、学歴について話します。

 最初に補足しておきたいのは、これはあくまで「中卒の目線」からの一意見だということです。大学を卒業された方には別の景色や事情があり、その中にも多様性がありますので、「こちらが絶対に正しい」と言い切れる話ではありません。その前提のうえで、学歴についてどう考えているか、結論からお伝えします。私は断言します。学歴は、絶対にあったほうがいいです。


学歴メリット@ 選択肢の自由度

 中卒の立場から見た学歴の価値は、大きく二つあると思っています。一つ目は、選択肢の自由度です。世の中の仕事は、入り口がほとんどを決めると言っても過言ではありません。どんな仕事に就けるか、どんなキャリアのスタートラインに立てるか、その入口で学歴が効く場面は想像以上に多いです。これはきれいごとではなく、現実としてそうなっています。

 私の話になりますが、二十代前半のころ、本がかなり好きで、「出版社で働きたい」と本気で思った時期がありました。今でも出版業界で働きたい気持ちは強いです。ただ、総じて出版社で働くためには大卒がほぼ前提です。私は「中卒ですが熱意があるので面接をしてください」という形で二十社ほどに書類を送りましたが、一件も返ってきませんし、電話もありませんでした。努力の前に、挑戦権がない。これが一番つらい現実でした。


経営者は「学歴がある人」をどう見ているのか?

 そして、この入口の話には、採用する側の事情も絡みます。自分が経営者になって分かったのですが、学歴はある意味で「我慢の遍歴」として見られていることがあります。中学から高校、大学まで、勉強という一見遠回りに見える時間を、どれだけ我慢して積み上げてきたか。そこで折れずに通い切ったという事実が、「この人には一定の継続力があるかもしれない」という判断材料になるのです。もちろん例外はありますし、学歴があるから立派、学歴がないからダメ、という単純な話ではありません。

 ただ、採用の現場は短時間でリスクを見積もらなければなりません。日本の会社は採用した人を簡単にクビにできませんので、「外したくない」という心理が強く働きます。そうすると「中卒」というだけで、教養や常識が欠けているかもしれない、家庭環境が厳しかったのかもしれない、といった“可能性”が不安として拾われやすくなります。実際はそんな単純ではないのに、入口ではそう判断されがちです。だから中卒は、書類すら通らなくなることがあるのです。これが、学歴が選択肢を狭めるという現実です。


学歴メリットA 利益度外視でつながれる仲間

 二つ目の価値は、利益度外視でつながれる仲間ができる可能性が高いことです。学生時代の友人は、立場が変わっても、仕事で利害が絡まなくても、付き合いが続くことがあります。一方で社会に出ると、人間関係にはどうしても損得や立場が混ざります。SNSのつながりも、会社の同僚も、取引先も、完全に利益と無関係な関係は意外と少ないです。

 もちろん全員がそうではありませんが、比率としては学生時代ほど純度の高い関係は作りにくくなります。大学まで行くと、その「青春でつながった仲間」を持てる期間が長くなります。あの友人が今こんなことをしていて力になってくれそうだ、仕事を紹介してくれそうだ、相談に乗ってくれそうだ、そういう関係が未来の支えになる場面は本当にあります。私はそれを、後から羨ましく見てきました。だから、学業という場に一秒でも長くいることには、学び以上の価値があると思っています。


大学に行きながらでも、起業できる!

 ここまで話すと「中卒で起業して成功した人もいる」と言われることがあります。実際にいますし、私の周りにも中卒で会社を経営している人や、茨の道を自分で切り開いて大企業で働いている人がいます。そういう方々は本当に尊敬しています。ただ、その成功例に夢を見て真似をしようとする人が出てきたとき、私は全力で止めたいと思っています。

 なぜなら再現性が低いからです。実力だけではなく運も絡みますし、同じことを誰もができるわけではありません。しかも今は、大学に行きながらでも起業はできます。就職しながら副業で起業する人も多いです。わざわざ自分から選択肢を減らして、背水の陣で中卒を選ぶ必要はないと思っています。選択肢がない、余裕がないと感じた瞬間、人は判断力が落ちやすくなります。焦って視野が狭くなり、無理な賭けをしやすくなるからです。だから私は、挑戦するなら「大卒という保険」を持ったうえで挑戦するほうが合理的だと考えています。学歴がすべてではありません。でも学歴があると選べる道が増えます。増えた選択肢の中で、自分の行動と結果で勝負すればいいのです。

 最後に。学歴は武器ですが、ただ、武器を持っただけでは勝てません。結局はその武器を使ってどう動くか、武器がなくてもどう工夫して結果を出すか、その積み重ねが人生を決めます。それでも、人生の入口で弾かれないために、そして支えになる仲間に出会う確率を上げるために、学歴は「持てるなら持っておくべき武器」だと私は思っています。中卒の私が言うからこそ、そこだけは強く伝えたいです。
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2026年02月11日

52歳で離婚、25年の主婦業は無価値? ハローワークで震えた私。

52歳で離婚、25年の主婦業は無価値? ハローワークで震えた私。家と同じくらい守るべきだったもの


晴れやかな門出のはずが……

去年、私は52歳で離婚しました。

理由は性格の不一致と、夫の不倫です。

離婚が成立するまでは、傷ついたり絶望したり、心が折れそうな日もありました。

それでもすべてが終わった瞬間、「やっと自由になれる!」と胸が軽くなったのを覚えています。

思い返せば25年間、専業主婦としてずっと家庭を守ってきました。

家族を見守り、皆が安心して帰れる場所を作ってきた日々は何物にも代えがたい私の誇りであり、大切なプライドです。

しかし、意気込んで訪れたハローワークで、その25年の年月は“空白期間”として扱われたのです。

履歴書に書ける資格は、運転免許だけ。

社会から「で、あなたには何ができるの?」と問われている気がして、足が震えました。


現実の壁

もちろん、専業主婦が悪いわけではありません。

家事や育児で培った忍耐力や、誰かをサポートする力は、立派な社会的能力だと思っていますし、そこには膨大なスキルが詰まっています。

ただ、一歩外に出ると私は「妻」でも「母」でもなく、資格や免許などの分かりやすい形で自身のスキルを証明するのが難しい50代の女性。

面接で「パソコンは使えますか?」と聞かれ、言葉が出ませんでした。


培った力は本物だけれど

そのとき、私が猛烈に反省したのは、家庭という箱の中にどっぷりと浸かりすぎてしまったこと。

「専業主婦」という看板を外したときの自分を想像できていなかったのです。

細々とでも外の世界と繋がり、自分の名前で呼ばれる場所をひとつでも持っておけば、もう少し自信を持って歩き出せたのかもしれないと痛感しました。

もちろん専業主婦という生き方が悪いわけではありません。

ただ、私自身が自分を見失っていたのです。
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2026年02月09日

「年金なんて端金だ」と豪語した70歳男性。

「年金なんて端金だ」と豪語した70歳男性。月収65万円だった役員時代のプライドを捨てられず、家族に内緒で深夜バイト…日本年金機構からの全額支給停止通知を隠すどん詰まり【FPが解説】


「年金は端金」と笑っていたが…

佐藤健一さん(仮名/70歳)は、地方都市で製造業を営む中小企業の元役員でした。30代で数人の仲間とともに立ち上げた会社は、リタイアするころには従業員50名規模まで成長。地方では名の知れた企業となり、佐藤さん自身も経営の第一線で長く活躍してきました。

60代後半になると、実務からは退いたものの、役員としての肩書は残り、月65万円の報酬を受け取っていました。同年代の友人たちが「年金だけじゃ厳しい」「老後が不安だ」と嘆くなかでも、佐藤さんは余裕の表情を崩しません。

「年金なんて端金だよ。足りないなら稼げばいいじゃないか」

そんな発言を、何度も口にしていたといいます。年金受給開始年齢を迎えた際、高額な役員報酬を得ていた佐藤さんのもとには、日本年金機構から「在職老齢年金による全額支給停止」の通知が届いていました。しかし、佐藤さんはそれを引き出しの奥にしまい込んでしまいます。


生活水準はそのまま、収入だけが消えた日

70歳を迎えた年、佐藤さんは役員を完全に退任しました。月65万円あった報酬はゼロになり、会社からの定期収入は途絶えます。

しかし、染みついた生活水準を変えることはできませんでした。経営者仲間とのゴルフは月2〜3回。その後の懇親会、経営者団体の集まり……。現役時代と同じペースで交際費を使い続けました。これまでは、会社の経費で処理されていた支出が、すべて自己負担になっているにもかかわらず、その感覚の切り替えが追い付かなかったのです。

証券会社から勧められて購入していた毎月分配型の投資信託や株式配当などにより、月30万円ほどの収入はありました。しかし、派手な支出を賄うには到底足りません。5,000万円以上あったはずの資産残高は、みるみるうちに減っていきました。

「金がないなんて、家族にも仲間にも知られたくない……」

追い詰められた佐藤さんが選んだのは、深夜の運転代行の仕事でした。夜は経営者仲間と飲み歩いている“ふり”をして家を出て、実際にはハンドルを握り、支出の足しにします。ゴルフのあとに2軒、3軒と飲み歩いた翌日も、代行運転へ向かう生活に、70歳の体力は限界が近づいていました。それでも、プライドを守るため、家族にすら現状を打ち明けることができなかったのです。
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