2024年05月25日

<東日本大震災>福島・浪江で14年ぶり田植え 原発事故の避難指示解除で試験栽培

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が昨春に解除された福島県浪江町津島地区の水田で23日、事故後初めて田植えが行われた。町は稲作を再開できる環境を整えようと、地元農家らでつくる「津島復興組合」と試験栽培に着手した。【尾崎修二】

 「14年ぶりに田植えができて喜ばしい。マイナスからのスタートだけど少しは前進かな」。津島復興組合の菅野雄造さん(66)は、7人ほどの組合員や、町職員、県職員とイネの手植えに汗を流した。震災前は山に囲まれ、青々とした水田が広がっていた場所だが、今回の作付けは約780平方メートルの水田1枚だ。

 震災当時は兼業農家だったが、既に自宅は解体。避難先の福島市に生活基盤が移り帰還の予定もない。「多くの民家や商店が取り壊されてうら寂しい。今後、津島に住んで農業をやる人が現れるのかどうか。(地域の再生は)難しいね」とも口にした。

 浪江町の帰還困難区域に設定された特定復興再生拠点区域(復興拠点)は除染が進み、昨年3月末に避難指示が解除された。だが、帰還する人は少なく、津島地区の復興拠点の居住人口は移住含め10世帯17人。住民登録数の約7%にとどまる。

 営農再開の動きも乏しい。避難指示区域では解除から3年間まで、草刈りなどの保全管理に補助金が支給される。津島では農家ら約50人が復興組合に加入し、実働する10人弱が避難先から通って除染後の田畑約60ヘクタールの保全を続ける。だが、町によると、実際に稲作の再開を計画する組合員はおらず、外部の農業法人などが進出する動きもないという。

 試験栽培は、収穫したコメの放射性セシウム濃度を計測するなどして全て廃棄する。その後の実証栽培は、全量全袋検査で国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回れば出荷できる。田植え前にはコメのセシウム吸収を抑制する塩化カリウムも散布しており、秋の収穫後、検査機関で安全性を確認する。

 町農林水産課の金山信一課長は「地元農家の皆さんと出荷再開に向けた栽培や水路の復旧を進めつつ、担い手となりうる外部の農業法人との話し合いも始めていきたい」と話した。
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2024年04月02日

過疎地の大震災 職人が去る町・輪島で未来を描く輪島塗職人たちの3カ月【ドキュメンタリー】

過疎地の大震災 職人が去る町・輪島で未来を描く輪島塗職人たちの3カ月【ドキュメンタリー】
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2024年03月18日

町内すべての小中学校を統合し 日本福祉大学の敷地内に小中一貫校設置へ

町内すべての小中学校を統合し 日本福祉大学の敷地内に小中一貫校設置へ 2028年春にも 愛知・美浜町

愛知県美浜町が町内すべての小中学校を統合し、2028年春にも日本福祉大学の敷地内に小中一貫校を設置することがわかりました。

小中一貫校が設置されるのは、美浜町にある日本福祉大学美浜キャンパスの敷地内です。

現在美浜町には5つの小学校と2つの中学校があり、小学生919人、中学生483人が通っています。

しかし、4つの小学校で各学年が1クラスずつしかなく、少ないところでは1クラス12人など少子化が加速していることや、施設の老朽化が進んでいることなどから、7つの小中学校を1つの小中一貫校に統合することを決めました。

これまでに美浜町は「新たな学校教育の創造」を目指し、小中一貫校の開校に向け、保護者や住民らと意見交換を進め、3月議会に新年度予算案として調査設計など1億9000万円あまりを計上。2028年春の開校を目指しています。

美浜町によりますと、私立大学の敷地内に公立の小中学校が開校し、教育連携することは全国でもまれだということです。
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2024年03月17日

伊方原発運転差し止め訴訟 住民の請求を棄却

伊方原発運転差し止め訴訟 住民の請求を棄却 大型訴訟では初の判決 大分地裁

愛媛県の伊方原発3号機について、対岸50キロ以内にある大分県の住民が運転の差し止めを四国電力に求めた裁判で、大分地裁は7日、住民側の請求を棄却しました。

この裁判は愛媛県伊方町にある四国電力伊方原発3号機の運転差し止めをめぐり、7年半にわたって審理が続けられてきました。原告の大分県の住民569人は「原発の安全性が確保されていない」などとして運転の差し止めを求め、被告の四国電力は全面的に争う姿勢をみせていました。

主な争点となっていたのは
(1)「法的な判断の枠組み」
(2)「原発周辺の活断層の有無」
(3)「火山噴火に対する安全性の評価」

原告の住民側は
(1)「専門的な見解が対立している場合には、より安全性の高い見解を採用すべき」
(2)「3次元探査を実施しておらず、活断層の存在を正確に把握できていない」
(3)「極めて大規模な阿蘇山噴火による火砕流など火山のリスク評価が不十分」
と主張。

被告の四国電力側は
(1)「原子力規制委員会の見解や多くの専門家が唱える多数説を採用すべき」
(2)「海上音波調査など、地下構造を3次元的に把握して、活断層が存在しないことを確認している」
(3)「様々な専門書、調査から阿蘇山の巨大噴火の可能性は十分に小さい」
と反論していました。

7日の判決で大分地裁は、原告側が訴えていた3次元地下調査が行われていない点について「各種調査や2次元物理探査を適切に組み合わせることで判断が可能」としました。また原発の近くにある中央構造線断層帯について、多数の専門家の判断と同じく地質の境界が活断層ではないとする四国電力側の評価は合理的だと認定しました。さらに火山噴火に対する安全性の評価についても「巨大噴火の発生頻度は極めて低く差し迫った状態でない」としていずれも住民側の主張を退けました。

判決を受けて、原告の女性は「私たちは怖い思いをしながら力をあわせて闘ってきたのに、なぜわかってくれないのか。命にかかわることが、このような結論になり、怒りの念でいっぱいです」と語りました。

一方、四国電力の担当者は地裁前で報道陣の取材に応じ、「主張が認められ妥当な判決だった。引き続き原発の安全性確保に努めたい。他の裁判も係争中ですが、今後も分かりやすい立証、主張を心がけ闘っていきたい」と話しました。

伊方原発の運転差し止めをめぐっては大分のほか松山、広島地裁と山口地裁岩国支部の3か所で起こされていて、2017年12月には広島の住民の申し立てで広島高裁が運転差し止めの仮処分を決定しましたが、翌年9月に四国電力側の異議を認め翌年3月に再稼働を容認。広島高裁は2020年1月にも山口の住民の申し立てで運転差し止めの仮処分を決定したものの、同じく四国電力側の異議を認め翌年3月に再稼働を容認しています。

一連の大型訴訟では初めての判決で、62席の一般傍聴席に対して239人が抽選に参加し、長い列をつくっていました。

原告の弁護団は、「四国電力の主張を鵜呑みにしたものであり、司法に課せられた使命を放棄したものである」と批判。さらに「能登半島地震では自然災害の発生時期や規模を予測することの困難性を明らかにした。本日の判決は、こうした貴重な教訓に背を向けるものであり、断じて容認することはできない」として控訴する方針を明らかにしています。
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2024年03月16日

「伝統つなぐことが最優先」 しきたり変更

「伝統つなぐことが最優先」 しきたり変更、保存会決断 請戸の田植踊・福島県浪江町

 東京電力福島第1原発事故により集団避難を余儀なくされ、いまだ帰還がかなわない人もいる福島県沿岸部の市町村。

 住民らが集まること自体が難しい中、浪江町にある請戸芸能保存会の佐々木繁子会長(73)らは、伝統を継承していくためしきたりを変える決断をした。「つなぐことが最優先だった」と心境を明かす。

 海に面する同町請戸地区は原発から直線距離で約6キロ。地元の小学生らにより踊り継がれてきた田植踊の道具や衣装、踊りを奉納していた※野(※はクサカンムリに召)(くさの)神社も津波で流され、周辺は住宅の建築などを制限する「危険災害区域」に指定された。

 地域のつながりを途絶えさせたくない。東日本大震災の発生後間もない2011年7月、保存会は避難先の同県二本松市で田植踊の練習を再開。子供と参加した保護者の中には、「震災後、わが子が笑うのを初めて見た」と喜ぶ人もいた。

 練習はその後も続けられたが、小学校から中学高校へと進むと、部活や受験で忙しくなり参加できなくなる子供たちが増えた。「伝統をつなぐことを最優先に、踊りたいと言ってくれる人を大切にしよう」。佐々木会長らは近年、同地区出身者ではない人の参加を初めて認めた。「『よそ者が』と言う人が一定数はいる。でもそのよそ者に支えられているのが現実だ」と語る。

 今年1月末には待ち望んだ※野神社の社殿再建がかなった。2月18日、豊漁や豊作を祈願する請戸伝統の「安波祭」が同神社で行われ、13年ぶりに田植踊を奉納した。佐々木会長は「きょうを支えに頑張ってきた。喜びはひとしおだ」と話す。

 両親が浪江町出身で、避難先の南相馬市で生まれ育った鈴木寿奈さん(11)は妹の詩乃さん(8)と一緒に踊った。寿奈さんは「この場所で踊れたことがうれしく、誇らしい」と笑顔を見せた。

 請戸地区の出身で、仙台市内の大学に通う舛倉美咲さん(19)。震災後に別の地区で開かれた田植踊のイベントに小学2年の時から参加している。「きっかけは踊りの衣装がかわいかったから。でも今は踊りに込められた思いが分かるようになった」。現在は唄も練習中で、この日も佐々木会長と一緒に披露した。「追い付くにはまだまだ。続けられる限り続けたい」と話していた。 
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