2023年03月14日

東京から移住して…原発事故に被災した福島県浪江町で元外交官がまちづくり

東京から移住して…原発事故に被災した福島県浪江町で元外交官がまちづくり #知り続ける

東日本大震災から12年。福島県浪江町は浜通り(沿岸部)の北部に位置し、海、山、川に囲まれた豊かな自然と食の宝庫として有名だった。しかし福島第一原発事故のためすべての町民が避難を余儀なくされ、一部地域で避難指示が解除されたいまも多くの住民は戻らないままだ。この浪江町に2年前、東京都内から移住し、まちづくりにチャレンジする元外交官を取材した。

「浪江の魅力は人です」と元外交官は答えた
高橋大就さんは外務省を経て、外資系コンサルで働いている際に東日本大震災が起こった。そこで東北を支援しようと食の産業復興に取り組んでいた高橋さんは、原発事故でゴーストタウンと化した福島の姿を見て「一番大変な帰還困難区域を素通りして行く自分に、人生としてけじめがつかない」と感じ2021年4月に浪江町に移住。現在一般社団法人NoMAラボの代表理事として浪江のまちづくりに参画している。

浪江町で高橋さんに会うと、これから筆者を車で町案内するという。高橋さんが運転する車の中で、筆者は最初に「浪江町の魅力は何ですか」と聞いてみた。すると高橋さんは「浪江の魅力は人ですよ」と語り始めた。

「豊かな自然や美味しい食、歴史や産業もありますけど、震災後も前向きでオープンで、チャレンジを後押しする住民の気質がすごいですね。そこが一番魅力だと思います」

住民全員”マイノリティ”を経験した浪江町
浪江町の居住人口は現在約2千人。震災前は2万人以上が住んでいたが原発事故で全町避難となり一時住民はゼロとなった。そして2017年から一部地域で避難指示が解除されたが、いまだ多くの区域が帰還できないままだ。2021年に行われた調査では、「戻らないと決めている」と答えた住民が半数以上を占めた。しかし高橋さんのように「ゼロイチのこの地でチャレンジしよう」と移住してくる人もいる。

高橋さんは「浪江では地元vs移住者という対立はありません」という。

「全町避難になったことで町民すべてが避難民としてマイノリティになりました。全員マイノリティを経験した人たちで構成されるコミュニティなんて、たぶん日本には存在しないですよね。住民はその経験を乗り越えて本当にポジティブですし、他所からくる人間に寛容です。だから『町のためになるなら』と私のような移住者も受け入れてくれます」

原発事故の住民への影響は単純に語れない
高橋さんは帰還困難区域へ車を走らせた。住居の周りはバリケードが張られ、崩れたままの建物も見える。高橋さんはある方向を指していう。

「ここは特定復興再生拠点区域で間もなく避難指示が解除されるので、いま一気に除染と解体が進んでいます。更地がどんどん広がっていて、まちのイメージがだいぶ変わりました。浪江の人は帰還してもここがどこだかわからないかもしれませんね」

そして道を隔てると、そこには帰還困難区域が広がっている。

「帰還できる人とできない人に、この道を隔てて分かれるわけです。また、帰還困難区域に指定されるかどうかで補償金も違ってきます。本当に線引き一つで人生が変わってしまうということです。とにかく原発事故の住民への影響は単純には語れないのです」(高橋さん)

高付加価値の農業へ”星降る”実験農場
高橋さんは見渡す限り太陽光パネルが並んでいる場所にくると車を止めた。そして「ここはもともと農地だったんです」と渋い表情で語り始めた。

「太陽光パネルを否定するつもりはありませんが、こうやって農業を諦めるとこの先何十年も農地には戻らなくなります。ですからここを農地のままにするためには、売電する以上の収益を農作物で上げなければなりません。この状況がいいとか悪いとか言っても仕方なくて、だから私も当事者として高付加価値の農作物をつくるのです」

帰還困難区域から町の中心部に戻ってくると、高橋さんが企画した「なみえ星降る農園」に到着した。ここではにんにくのほか、オリーブやゴルゴ(ビーツの1種)、ジュニパーベリー(ジンのスパイス)など東北では見慣れない野菜やフルーツを実験的に育てている。

さらに筆者が驚いたのは、この畑ではヒトデがまかれていることだ。ヒトデは土壌改良とイノシシなどの鳥獣対策に効果があるという。高橋さんは「先ほど見たソーラーパネルを超えるような、高付加価値の農業を生み出すための実験農場です」と語る。

アートとオンラインで土地の記憶をつなぐ
 
そして町の中心部では高橋さんが手がけたアートプロジェクト、巨大な壁画アートの展示が行われている。アートのテーマは「住民が残したい町の記憶と創りたい町の姿」だ。制作は知的障がいのある作家が描いたアートを、社会に送り出す企業「ヘラルボニー」が行っている。なぜ過去と未来がテーマなのか?高橋さんは「土地の記憶や歴史を大切にしたいから」という。

さらに先月高橋さんは、浪江町の歴史と記憶を子どもたちが追体験できるオンラインエンターテインメントを制作した。ここでも大切にしているのは「土地の記憶」だ。

「エンターテインメントの仕掛けを織り込むことで、浪江出身の子どもたちに楽しみながら故郷に関心を持ってもらえればと。また、外から町に来る人にも浪江の記憶が繋がっていければと思います」

当事者となって現場から変えていく
最後に高橋さんに「浪江をどんなまちにしたいですか?」と聞いてみた。すると「日本で一番住民が幸せなまちですね」と答えが返ってきた。

「皆が自分らしく生きられて、まちづくりを自分事としている。大きいものに依存しないコミュニティが作れたら最高です」

高橋さんはいま「ラストチャンス感がある」という。

「原発事故という歴史的な悲劇が起きたのに、日本の社会構造は12年かかってもこれしか変われなかった。だからコミュニティづくりの当事者となって、現場から変えていきます」

高橋さんはNFTを使った浪江のまちづくりを構想中だ。
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2023年03月13日

津波に消えた妻は最期に腕の中で小さくうなずいた。「お父さんありがとう」

津波に消えた妻は最期に腕の中で小さくうなずいた。「お父さんありがとう」 福島・浪江町の元郵便局長、後悔と幸福は今も消えず #知り続ける

 壁のような黒い津波が迫る中で、元郵便局長の熊川勝さん(85)は福島県浪江町の自宅2階で妻洋子さん=当時(72)=と抱き合っていた。「おい、もうだめだな。今までありがとうな」。恐ろしい光景を見せまいと頭を胸に寄せた。洋子さんは一瞬顔を上げて、うん、うんと小さくうなずいた。「お父さん、ありがとう」。そう聞こえた直後、濁流が家を突き上げた。一瞬気を失い、水中から顔を出すと、洋子さんの姿はなかった。(共同通信=坂野一郎)

 ▽「何もできない」

 浪江町の災害公営住宅に一人で暮らす勝さんは、何度もその光景を思い出してきた。「ずっと悔しいんだよ。ああすればよかった、こうすればよかったって」。毎月欠かさない墓参りの後は、かつて暮らした請戸(うけど)地区を高台から見渡す。草が茂る故郷に落胆する。「津波と原発事故の二重苦だ。でも俺は政治家でも裁判官でもないから何もできない」。勝さんは無力感を頻繁に口にする。

 ▽「見ない方がいい」

 東京電力福島第1原発事故で、浪江町は全町避難を強いられた。自宅があった請戸地区は原発から北に約6キロに位置し、勝さんら行方不明者の家族は捜索することすらかなわなかった。洋子さんが町を流れる川の中州で見つかったのは行方不明になって約1カ月後の4月。DNA鑑定によって身元が判明したのは6月で、勝さんが対面したのは火葬が済んだ遺骨だった。

 警察官は「ご遺体の写真は見ない方がいいですよ」と止めたが、見た。傷んでいた。この手で見つけてやれなかった悔しさ、申し訳なさがこみ上げた。写真は自分で燃やして、灰は遺骨に混ぜた。もう他の誰にも触られたくなかった。当時の気持ちが、メモにつづられている。
 遺体を数カ月も「さらしもの」の扱いを受けたことは遺族として絶対に許せるものではない

 「お父さん、私はここに居る」と言う声が何度となく聞こえたが、現場に入ることも出来ない。もどかしさは当事者でない人物には判らない

 早く探し出し体を洗ってやりたかった

 この手で抱きしめてやりたかった

 ▽幸福な記憶

 2017年秋、避難した福島県二本松市の仮設住宅から浪江町の公営住宅に移った。思い出がつまった故郷に戻ったが、寂しさも募った。テレビ脇にある洋子さんの遺影を前に思い出すのは、震災前の日々だった。

 東京五輪があった1964年の夏、お見合いで初めて会った。洋子さんが恥ずかしそうに手元の赤いかき氷ばかり見て、うつむいていたことをよく覚えている。

 台所で食事を作る後ろ姿が好きだった。冷蔵庫を開ける度に「ああ何にもない」と言う洋子さんと週に何度もスーパーに行き、手料理を囲むのが好きだった。漁協職員だった洋子さんは刺し身をきれいにさばき、自宅で部下の郵便局員に振る舞ってくれた。「なんでもない日々が幸せだったんだな。今思えば」

 勝さんは、思い出を話すときだけ顔をほころばせる。楽しい昔の話ならなんぼでもできるな、と少し笑うと、リビングの棚に並べられた何枚かの写真に目をやった。遠方の娘の家にあり、津波を逃れた昔の家族写真だった。

 食卓を囲み、笑顔の勝さんが洋子さんと長女の肩に手を回している。その横に勝さんの母も寄り添う。

 「ああこの頃は最高だったな。ばあちゃんも、かあちゃんも生きてる。娘もまだ嫁ぐ前で家にいるな。最高だった、最高だった」
 ▽最後の抵抗

 原発の再稼働や処理水放出などのニュースに触れる度に、国にも東電にも悔しさは届いていないと感じる。だがこの12年で体はだんだんと動かなくなり、腹を立てる気力もなくなった。最後の抵抗として、自宅の基礎と塀を解体せず残している。

 勝さんが案内してくれた自宅跡周辺は雑草が伸び、遠くからではどこが自宅跡か分からない。勝さんは両脇が雑草の道路をずいずいと進んでいく。「ここはよく行った魚屋、ここは板金屋。その隣の家の人は驚いて口をぱっくり開けてるところを目の前で波にのまれた」。ここに何があったか、次々と語りながら歩く。

 到着した自宅跡は、立派な塀も、基礎もはっきりと残っていた。
 かあちゃんが料理していた台所はあのあたり。 茶の間はあのあたり。 このへんでかあちゃんが腰を抜かしてへたり込んでた。 抱えて2階に連れて行って、最後に抱き合ってたのがあのあたり。

「全部頭に入ってっから」。勝さんはこの雑草に囲まれた自宅跡で何があったのかを、津波より前のことも後のことも覚えていた。そして「そっくり残ってる、立派なもんだ」と塀を見て何度も言った。自分が生きているうちは自宅跡を残しておいてほしいという。

 「ここに暮らしていたんだ、ってことが分かる。家の跡があれば、ここにいたんだっていう証明になる」

 ▽「一人で生きてて偉いだろう」

 夕暮れ、一人で家にいると寂しい。「もし生きていたらば、と頭に浮かんでくんだよな。ありえない『例えば』がいっぱい出てくる。急にいなくなっちゃったから」

 もし生きていたら、2回目の東京五輪を見に行きたかった。いつものように刺し身とビールが並ぶ食卓を囲みたかった。娘もいて、孫もいて、みんないて、過ごせると思っていた。

 遠くに出かけるときは、車の助手席に遺影をくくりつけ、話しかけながら運転する。テレビ脇の遺影に毎日の出来事を報告しながら夕食をとる。生活のあちこちに、今も妻がいる。「おい、一人で生きてて偉いだろう」。静かな部屋で一人、妻に語りかけて生きている。
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2023年03月05日

かつて財政破綻した町は今どうなっているのか?4

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ハゲが町を救う

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いつかハゲることがあったらこの町に移住して行ってみたいです
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2023年03月03日

かつて財政破綻した町は今どうなっているのか?3

ナダルの故郷の村の恐怖の掟を話します【南山城村】



【ニュータウン紹介】視聴者コメントで頂いた南山城に行ってきました!環境最高で利便性もちゃんと維持された街、それが月ヶ瀬ニュータウンです!!
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2023年02月24日

市庁舎で抱擁やキス繰り返す、熊本県八代市が男女職員を懲戒処分

市庁舎で抱擁やキス繰り返す、熊本県八代市が男女職員を懲戒処分

 熊本県八代市は22日、市庁舎で不適切な行為を繰り返したとして、いずれも健康福祉部に所属する20歳代の主事級の男女職員2人を戒告の懲戒処分とした。

 市によると、2人は昨年11〜12月に複数回、市庁舎の会議室で、私的な会話や抱擁、キスなどを繰り返した。2人は交際中で、勤務を終えた午後5時15分以降に行っていたが、1回はともに残業中だった。

 今年に入り、外部から複数の情報提供があった。市の調査に対し、2人は「職員としての自覚が足りなかった」などと謝罪したという。

 市は監督責任を問い、同部の課長級と課長補佐級の計3人を訓告とした。中村博生市長は「事態を重く受け止め、市民の信頼回復に向けて取り組む」との談話を出した。


私的な会話や抱擁程度で、しかも就業後であれば、それほど問題視することでもないと思うが。私は海外での勤務が長いが、海外ではこの程度は全く普通。ニュースにさえならない。日本は厳しすぎるというか、告げ口する市民も大人げない。就業中に行為にまで及ぶとなるとさすがに問題だが。今後は、日本の風習に合わせて、庁舎外で行いましょう。


日本の世論は、自分たちで自分の首を絞めてますよね。
処分された2人が、愛を育んで結婚して子どもが生まれれば、日本社会にとっても良いこと。
こんな風潮だから、恋愛もしにくくなって、少子化も進む。

昔、同僚の教師同士の結婚式に招かれたが、校長のスピーチが面白かった。
「お二人は、人知れず愛を育んで」と言いたいところですが、「人知れずと思っていたのはお二人だけでした。」と挨拶。大物感があふれ出ていました。
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